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キクイモ(菊芋)を栽培してみよう  [栽培中止野菜・果物・果樹]

 世界三大健康野菜とは、ヤーコン、キクイモ(菊芋)、アピオス(ほど芋)の3つだそうで、ヤーコンはうちで長年大量栽培しているも、他の2つは未経験である。
 うちネットで調べたキクイモに関する説明書きの1例は次のとおり。

 格好はショウガに似ている。北アメリカ原産のキク科の植物で、近年成分の研究が進み、非常に栄養価が高いことが判明しています。菊芋の糖質はイヌリンという多糖体によって構成されており、肝臓・膵臓への負担を減らし、血糖値の上昇を抑えることができます。イヌリンはさらに、体内に脂肪が蓄積されるのを抑制し、腸内環境の改善、便秘予防などの効果があります。
 生でかじってみたところ、シャキシャキしゃりしゃりとしていて、梨を少しだけ硬くしたような食感であった。味は意外にもほんのり甘い。蒸かしてみると、とろっとしていて煮込んだ玉ねぎのよう。甘みも玉ねぎのそれを思い起こさせる。強いてその味を他の芋で例えるなら、甘みはサツマイモに近いが、香りは山芋のムカゴに近いといったところ。きんぴらにしたら、かなり水気が強く、柔らかい仕上がりとなったが、ほんのり甘くておいしい。
(別の例)風味が、どこかちょっと日本のゴボウに似ている。
(別の例)菊芋自体に味はあまりない。生で食べると食感はシャキシャキとしており、大根やかぶなどの根菜類のイメージでしょうか。

 ということであり、小規模な栽培を始めたのであるが、なぜだか9月には枯れるものが出てきて、収穫量はごくわずか。栽培4年目には収穫量がゼロとなり、これにて栽培終了。

(2018年1月2日)
 ということであり、1週間ほど前に、ヤーコンの種芋を3月に差し上げた方からお返しにキクイモを送っていただいたので、それを2、3個残しておき、それを春に植え付けて栽培しようかと思った。
 そこで、栽培法をネットで調べてみると、保存が難しいようで、干からびてもいかんし、凍みてもいかんから、どうしたものか。これは栽培予定箇所に早めに埋め込んでおいたほうがいいかも。
 栽培法で参考にすることとしたのは次のサイト
 http://www.e-kikuimo.com/saibai.html
 http://organicfarming.ag.saga-u.ac.jp/kyosodate.html
 http://nakagawa-bio.com/archives/101

 そこで、早速植えつけることに。栽培法の中に、堀り残しがあると翌年それが芽吹くとあるから、真冬に植付けしても凍みないであろう。
 場所は東果樹園の北東角あたりとし、大きなショウガの塊のような形をしたもの(小さいのが良いらしいが大きなものしかなかった)を2個植えつけることにした。
 ここは夏に雑草が繁茂する。初期成育時に雑草に負けることがあるというから、黒ビニール袋を張り、その中央に芋を埋め、袋の中央を少々切り開いておけば良かろう。こうしておけば凍みるのを防止もできよう。
 さて、施肥のほうだが、無肥料無農薬の自然農法に本格的に取り組み出したところであり、キクイモもそうしたい。ただし、土壌改良として周囲にいっぱいある枯草を入れ込むこととし、ビッチュウで土起こしをしつつ枯草を混ぜ込んだ。
 なお、埋める深さだが、参考にしたマニュアルでは2説あって戸惑う。ここは栽培法に「堀り残しが芽吹く」とあるから、7、8cmの深さとしておこう。
 埋め込んでから、真ん中を少し切り開いた黒ビニール袋を張り、風で飛ばないように袋の淵に土乗せし、凍み防止に枯草をたっぷり乗せておいた。株間は60cmほどとなった。
(2018年4月25日)
 乗せておいた枯草は4月初めに除け、様子を見ていたが、今日、キクイモらしき芽と雑草が数多く芽吹いており、雑草を全部引く。黒ビニール袋は雑草抑えに当面そのままに。
(6月10日)
 もう1mぐらいに伸びただろうか。黒ビニールは当面そのままにしておこう。
(9月2日)
 8月半ばに1本が枯れる。原因不明。残る1本も脇枝が折れやすい。
 これでは主幹も強風が吹くと折れるかもしれない。台風21号が4日に直撃しそうだから、3本支柱をやぐらに組み、主幹を軽く結わい付け。脇枝も支柱に軽く3箇所結わい付け。
(9月5日)
 最大瞬間風速39.3 mの猛烈な風が吹いたが、大丈夫であった。
(10月1日)
 最近、脇枝が枯れだし、とうとう主軸も枯れてしまった。
 10月には花が咲くとのことだが、花を見ずじまい。
 11月上旬~下旬頃、地上の茎や葉が枯れてきた頃、収穫可能とあるも、これじゃあダメだろうなあ。あきらめるしかない。栽培は失敗だ。(追記:でも…)

<2019年>
(6月22日)
 キクイモはできなかったと思い込んでいたが、昨年キクイモを栽培した箇所に、キクイモらしき草が固まって生えているのを発見。5本に選って草マルチしておいた。
(8月12日)
 今日気が付いたのだが、その後も芽吹き、10数本が固まって生えている。背はあまり高くないが、明らかにキクイモだ。
(10月4日)
 その後、1、2本が枯れたが、他は昨年より背が低いものの順調に生育。
 昨日、台風の影響でほんの少し風が吹いた(風速7m、最大瞬間風速16m)ことにより、ネギ畝のほうに倒れてしまった。そして、黄色い花を付けているのを知った。
(10月16日)
 倒れて2、3日後に支柱を立て、紐で結わい付けておいたが、今日、1株を除いて枯れてしまった。さて、芋が収穫できるかどうか。
(11月23日)
 掘るのを忘れており、今朝、ビッチュウで掘り起こす。いただいたキクイモはけっこう丸みを帯びたものだったが、出てきたのはショウガと見間違うような姿。まずまずの大きさの塊が20個ほどもあった。
 栽培成功、である。
 さて、来年の対応。今年収穫できた箇所を少し広げ、120cm×60cmほどのスペース(柿、ビワの果樹園の北東角)をビッチュウで掘り起こしながら、枯草を埋め込む。畑全体をこのような形で無肥料栽培を進めているから、同様なやり方とした。
 20cm間隔で2列、小さなキクイモを全部で10個ほど埋め込む。ビッチュウで引っ掻いて割れたものも足し込む。深さは5cmほど。ちょっと密だが、不発芽があろうから、これでよかろう。このままで凍みることなく冬越しできるであろう。
(12月17日)
 収穫したキクイモを汁物に入れてみたり、今日はおでんに入れてみた。しかし、決してうまいものではない。女房も不満顔。
 積極的な栽培は止めにし、一人生えでけっこう収穫できそうだから、来年は珍味として少々いただくだけにしよう。

<2020年>
(8月10日)
 6月に発芽し、10株ほどに選っておき、その後はずっと放置したままであったが、人の背丈ほどに密生し、風で倒れやすいから、支柱を周りに立て、麻紐で周囲を絡げ、また、途中途中に麻紐を引っ張り、キクイモが倒れてもその紐でもたれるようにしておいた。
(10月15日)
 9月になってからだろうか、枯れるものがでてきて、今では生きているのは1本だけとなってしまった。かわいらしい花を付けている。
(11月16日)
 本日収穫。鍬で掘り進むも、早々に枯れるものが多かったので、芋ができていたのは2株だけであった。大きいものは食用に10個ほどゲット。中ぐらいのものを8個種用とし、残りの小さなものは柿畑に放る。
 今日、併せて同じ個所に定植することに。早く枯れたのは土に湿気が多かったかもしれず、少し盛り土にし、際に溝立てし、排水
 鍬で少々深く掘って、土を周りに除け、刻み藁を入れながら少しずつ埋め戻し、周りより少し小高くする。種芋を2列に4個ずつ埋め込み、収穫前に除けた枯草で覆う。
 なお、支柱はそのままの状態で収獲もし、来年用に立てたままにしてある。

<2021年>
(5月31日)
 埋め込んだ種芋はもとより、けっこう離れた場所からもいっぱい芽吹いており、それらは全部引き抜き、支柱で囲んだ内側に10本ほどを残すのみとした。
(10月11日)
 今年も9月になってから枯れるものが多く、10月には1本だけとなったが、それも数日前に枯れた。今日、掘ってみたところ、ほんの小さな芋がかすかにしかできておらず、これでは種芋にもならないだろう。
 よって、これにて栽培終了。
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種取り用トマトの栽培 [トマト]

 例年、固定種の「世界一トマト」約60株を須賀前の畑で栽培しており、ここ2年は種を自家採取して栽培し始めた。
 種を自家採取するのには理由がある。無肥料栽培を2年前から始めたから、「肥料が皆無の畑だぞ」というのをトマトの種に記憶してもらう必要があるからだ。種は、こればかりでなく、生まれ育った土地の気候や土壌の状態だって記憶してくれるのである。
 須賀前に畑は、幸い近くにトマトを栽培しておられる方がいないから、交配の心配はない。
 ところが、2018年秋から北隣の畑を借りて各種野菜を栽培されだした方が、うちのトマトのすぐ隣でミニトマトをたくさん栽培されることとなった。これでは交配してしまう。
 そこで、自宅前の畑で種取り用トマトの栽培をすることとした。
 自宅前の畑では北東区画で接木苗のトマト(購入苗)を栽培しているから、ずっと離れた南西区画を候補地とした。ここは、エンドウの種取り用(トマト同様に、須賀前での隣の畑の方との異種のエンドウとの交配を避けるため)に使った場所だ。

<2021年>
(5月30日)
 2年連続してトマトが生らなかったが、再再度チャレンジ。
 昨年と同様に夏大根の畝の南のほうで、大根畝の法面に3株を植え、支柱を立てる。
(6月6日)
 予備苗が7本残り、処分するのももったいないから、大根畝の続きに7株を追加して植え、支柱を立てる。これだけの本数があれば、全部が枯れることはなかろう。
(6月20日)
 支柱に結わい付け。支柱を麻紐で連結。1本枯れた。
(7月11日)
 芽欠き、2段目結わい付け。実の付きようは悪く、まともなトマトは生らないかも。
(7月20日)
 半分は枯れてしまい、残ったものも貧弱で、実はほとんど付けていない。
(8月9日)
 実を全くつけずに終わり、本日、処分。 

<2020年>
(6月10日)
 昨年と同様に夏大根の畝の南のほうで、大根の合間に3株を植え付け。
(6月16日)
 支柱を立て、結わい付け。
(6月30日)
 残念ながら2本枯れてしまった。残り1本も生育が悪い。
(7月3日)
 土壌が酸性化しているきらいがあり、木灰を株周りに広く(隣の夏大根へも)散布。
(7月12日)
 ちっとも成育せず。今日も木灰を散布。
(7月29日)
 樹体はか弱く全く実を付けず。今年もダメだ。
 交配があるかもしれないが、須賀前の畑で種取りするしかない。

<2019年>
(6月20日)
 余っているトマト苗をずっと水やりして管理してきたが、須賀前の畑でのネキリムシ被害は止まり、今日、全部処分することにしたのだが、そのなかから良さそうな2本を所定の場所に定植した。
 優良品のトマト1個取れれば種は十分間に合うから、1株が生育してくれれば十分だ。なお、トマト1個では交配危険度が増すから、3個を種取り用に取る予定だ。
(6月23日)
 支柱立て、軽く結わい付け。
(6月29日)
 成育促進に万田酵素がどれだけか期待できそうで、500倍散(仕様書には1000倍散となってるが、葉が雨で濡れており、また、今日は曇天で雨が降るやもしれぬから倍の濃さに)をたっぷり噴霧しておいた。
(8月6日)
 残った1株は実を付けず、枯れ始めた。種取り不能。

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5.28 今年豊作だったイチゴの収穫も今日で終る [ファーマーの“一日一楽”日記]

別立てブログ「薬屋のおやじの“一日一楽”&“2日前”の日記」で投稿した記事で、ファーマーに関するものは、このブログで再掲することにします。

 無肥料4年目、連作5年目、かつ苗の連続自家採取3年目のイチゴ栽培。毎年、非常にうまくいっている。たいていの方は黒ビニールマルチ(冬季の保温と、収穫時の雨除け=イチゴが水っぽくならない)を敷いての栽培だが、うちは刻み藁を敷いての栽培だ。刻み藁が雑草抑えになるし、夏の間に朽ちて肥料化するから、より自然栽培に近いものとなる。
 収穫は毎年4月末から5月初めに始まる。今年の初収穫は例年より少々早く4月27日であった。基本的に隔日収穫で、5月11日からピークとなり、21日まで続いた。その後、収穫量が漸減し、今日が概ね最終の収穫となった。明後日は、畑仕事をしながらつまみ食いする程度しか生らないであろうし、その後は探すのが面倒になる程度にしか生らない。
 毎年、初収穫からほぼ1か月経ったところで収穫終了となり、今年もそのようになる。隔日収穫したイチゴは2回に分け、毎日食後のフルーツとして女房と2人でいただいた。そして、小生は朝の収穫時にくずっぽいものをけっこうな量、胃の腑へ放り込みもした。
 贅沢にも、少々飽きが来た。1か月も毎日食べ続けたから。
 収穫初期にはけっこうまとまった雨が降り、水っぽいイチゴであったが、5月6日から15日まではたいした雨はなく、収穫ピークの前半は甘いイチゴがたくさん採れた。ピーク中頃に梅雨入りし、雨また雨で再び水っぽくなったが、収穫終盤は雨はほとんど降らず、再び甘くなった。例年に比べて雨が多く、特にピーク中頃からの長雨で腐りがくるものがけっこうあり、こんなことはちょっと経験がない。といっても、腐りは収穫量の1割強といったところでたいしたことはない。なお、毎回、鳥に突かれる被害は例年どおりあり、これは3%程度のもので、気になるほどのものではない。もっとも、“突くなら全部食え”と言いたいほどにチョチョッと突かれるものがほとんどであったが。
 さて、ピーク時の6回の収穫、そして、その前後1、2回の収穫は、女房と2人では食べ切れるものではなく、お客様などに毎回差し上げることができた。ピーク後半は雨で水っぽくなったが、それでも十分に甘いから、皆さん喜んでくださったことだろう。
 今年は大豊作とまではいかないが、昨年同様に豊作であり、作付け株数を若干増やしたことから、より多くのお客様にイチゴを差し上げることができ、満足している。
 無肥料連作かつ苗自家採取栽培が軌道に乗ったから、来年も豊作となろう。もっとも、これから10月までの苗育成(親株からランナーが走り、子株が幾つも生育を始める)の成否で、来年豊作となるか否かが概ね決まるから、手を抜けないが。
 天の神(ちょっと雨を降らせすぎだが)、地の神、イチゴの神に感謝、感謝、感謝。

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5.24 ビワの木を防鳥ネットですっぽり覆う [ファーマーの“一日一楽”日記]

別立てブログ「薬屋のおやじの“一日一楽”&“2日前”の日記」で投稿した記事で、ファーマーに関するものは、このブログで再掲することにします。

 昨年のこと、ビワの木がまずまずの大きさきなり、実が生っている房に防鳥袋を被せた。ところが、カラスは賢い。袋の中にビワの実があることを知っており、袋をくちばしで突いて破り、次から次へと食べられてしまった。
 8割方が鳥の餌となってしまい、口に入ったのは完熟少々前の甘味が少ない実(完熟まで待っていたら鳥に突かれる)が2割ほどで、なんとも寂しい思いをさせられた。
 そこで、今年は、例年イチジクで行っている防鳥ネットですっぽり覆う方式で、鳥の餌にならぬよう対策を取ることとした。
 ビワの木は約3mの高さになっており、8m×8mの大きさになる防鳥ネットを買ってきた。5cm角ぐらいの細い網で、イチジクに掛けるにもけっこう苦労する。ビワともなると樹高がある上に葉っぱが網に引っかかりやすいし、房に付いた実にも引っかかりやすい。
 イチジクで身に付けた網掛け法は、真ん中から両側へ少しずつ網を降ろしていく、という方法である。しかし、まあ、よう引っかかる。特に房の実に細い糸(網)が絡みつく。遅々として網が伸ばせない。悪戦苦闘。
 脚立に乗り、長い柄のホウキ(紙で包んで網が絡まないようにしてある)でネットを浮かせ、伸ばし、降ろすのであるが、葉っぱや房の実に引っかかってばかり。
 途中から面倒になり、引っかかった実は力ずくで網を伸ばし、随分と多くの実がちぎれてしまった。でも引っかかった実はネットに近い所だから、何か別の手を打たねば、どうせ鳥がネットに乗って上から突くだろうから、ちぎれてもよし、である。
 真ん中から網おろしをしたつもりであったが、けっこう偏りがあり、南西方向はぎりぎり地面に網が届く状態となった。反対方向は余裕たっぷり。
 被せ終わった頃に雨がポツポツ降り降り出し、今日の作業はこれまで。摘果したほうがいい房もあり、これは後日摘果しよう。実が熟しだしたら、鳥が入り込まぬよう、ネットの端に棒切れを置いて、石を重石にして隙間を完全に塞ぐこととする。
 しかし、ネットに近い房がけっこうある。何か手はないか。そうだ、思い出した。昨年、こうした所は、イチジクでやったが、大きなビニール袋をネットと枝の間に挟み込み、鳥が決して突けないようにすればいいのである。
 今日は2時間ほど悪戦苦闘したが、残す作業は30分もあれば終わるだろう。
 どうだ、カラスよ、ビワが熟したって、今年は全く食えんぞ。指をくわえて(お前たちには指はないから羽をくわえて)悔しがれ。

(2日後追記:薬屋のおやじの“一日一楽”&“2日前”の日記から抜粋)
 今朝早く、ビワの木の近くにある畑へ行ったら、カラスが2羽、屋根に止まり、ギャーギャー鳴いている。いつもと違う危機的な状況を思わせる鳴き声だ。
 ビワの木が目に入り、その淵に何か黒いものが見えた。あれあれ、カラスが防鳥ネットに絡みついているではないか。近づいてみると、少々小振りのカラスだから、きっと子カラスだろう。じっとして動かない。絡んだネットから脱しようと、もがけどもがけどより絡みついてどうしようもなくなり、万策尽きてぐったりしているのであろう。
 カラスに触れても、じたばたせずおとなしい。まず片足の絡みをなんとか外してあげる。次に、首回りに取り掛かる。何重にも絡んでいる。外そうとすると、首を絞めるようになってしまう。もう片足は、これまたすごい巻きつきようだ。
 この間、2羽のカラスの喧しいことといったら、ありゃしない。そりゃあそうだろう、我が子がとうとう殺されると感じただろうから。
 “そうわめくな。これから救出してやるから。”と言うも、残念ながら言葉は通じない。
 ネットが一部ダメになってしまうが、ここは、ハサミでネットを切るしかない。でも、首に絡んだネットを切ろうとすると、カラスが必至の抵抗を見せる。目と目が合う。
 “じっとしてろ。今助けてやるから。”と言えども、やはり言葉は通じない。
 殺される!!と思ったのだろう、くちばしで小生の手を突きにかかる。
 そこで、カラスの頭を靴で軽く押さえて、首周りのネットを切る。ついで、羽(ここはわずか)と片足の絡みも切り取る。こうして、やっと救出作戦が終わる。
 ところが、この子カラス動かない。たぶん今朝絡みついてから1時間も経っていないだろう。朝5時過ぎの発見だったから。そっと抱きかかえてネットから1m先へ置いてやる。そしたら、カラスはひっくり返って少々羽を動かすだけ。
 ネットの絡みから脱しようと体力を使い果たしている上に、つい先ほど殺されそうに感じただろうから、心身ともに疲れ果て、飛ぶことは元より動くこともままならないのだろう。
 ここは、そっとしておいてやったほうがいい。
 その場を離れ、早朝仕事に取り掛かる。里芋の株周りの草叩きと土寄せだ。
 いくばくもせず屋根にいた2羽のカラスの鳴き声が止んだ。飛べなくなっていた子カラスのほうを見ると、もういない。どこかへ飛んでいったのだろう、見回しても姿を発見できず。ということは、元気を取り戻したということだ。
 やれやれ、である。
 こうしたことが再びあってはかなわん。そこで、肥料袋を切り裂いて長い短冊を作り、ネットのあちこちに結び付けておいた。鳥脅しである。これでたぶん鳥は近づかないだろう。
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5.23 梅雨の晴れ間に大急ぎで百姓仕事 [ファーマーの“一日一楽”日記]

別立てブログ「薬屋のおやじの“一日一楽”&“2日前”の日記」で投稿した記事で、ファーマーに関するものは、このブログで再掲することにします。

 今年は思いがけなく早々に梅雨入りしてしまい、先週は営業日にも百姓をし、そそくさと夏野菜の作付け準備を行った。
 幸い今日の店の定休日は晴れてくれ、これまた大急ぎで百姓仕事。
 種蒔きして育苗中の苗がまだ小さく、1週間後ぐらいがいいのだが、この先の天候がどうなるか分からないので、早めの定植をすることとした。
 メロン3品種各1畝と、トマト1畝分。まだメロンは2畝分、トマトは1畝分あるが、苗がいかにも小さいから、これは早くて1週間後だ。
 とりあえず、急ぎの植え付けが終わり、ホッと一安心。
 他にもあれこれ作業し、朝8時から午後3時までの7時間連続作業。
 少々バテましたなあ。でも、天気が良く、爽快で、いい疲れ。
 今までの長雨は梅雨の走りと考えたほうが、心の健康上よろしいであろう。
 明日は曇天の予報だが、百姓仕事は尽きないから農作業に精出そう。

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5.21 「ファーマー・ファーマシーの日記」の総閲覧数が100万を突破 [ファーマーの“一日一楽”日記]

別立てブログ「薬屋のおやじの“一日一楽”&“2日前”の日記」で投稿した記事で、ファーマーに関するものは、このブログで再掲することにします。(今回は一部改変)

 テーマごとに幾本もブログを立てている小生であるが、知らぬ間に「ファーマー・ファーマシーの日記」の総閲覧数(その累計)が、夕刻には1,005,774と既に100万を突破していた。たぶん10日ほど前に大台に乗ったことだろう。
 このブログと同様にSSブログであるのだが、日毎の訪問者数は分かるようになっているものの、累計となると、それが分からず、日毎の総閲覧数の累計しか示されない。
 総閲覧数というのも捉えにくい概念だが、次のように説明されている。

 「閲覧数」とは、記事が閲覧された回数です。「管理ページ」の「記事管理」から確認することができます。ここでの記事とは、記事個別で持っているURL(例:http://blog.ss-blog.jp/faq/903 など)を指します。自分のブログトップページでは、最新順に記事が表示されますが、このページの閲覧回数は、各記事の個別ページを開いていない為、「閲覧数」には含まれません。同様に、カテゴリごと、および月ごとのページで、記事が表示される回数も、「閲覧数」には含まれません。
 また、「閲覧数」はその記事を投稿した日から本日までの累計値で表示されます。
 「総閲覧数」とは、自分のブログで他の人が閲覧できる全ページの合計閲覧数です。各ブログの「管理ページ」のトップで確認することができます。

 ということなのですが、このブログを開設したのは少なくとも2011年3月ですから、10年以上経ちます。年間平均閲覧数は10万ということになりますが、直近の1日当たりの閲覧数は500ぐらいといったところですから、最近は年間20万近くになりましょうか。これだけ多くの方々にご覧いただくとなると、いい加減な記事は書けないのですが、いい記事を書こうにも、大したスキルを持ち備えておらず、どちらかというと失敗の記事が目立つありさまです。まあ、逆に読者の方が、小生と同じ失敗をしないですむから、これでよいのかもしれません。
 あれあれ、いつもの「である体」が、途中から引用文につられて「ます体」に変わっちゃいました。これも失敗の一種でしょうが、これはこれでよしとしましょう。

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5.20 ニラ栽培の経験から無肥料栽培を一部止めて有機肥料栽培に変更 [ファーマーの“一日一楽”日記]

別立てブログ「薬屋のおやじの“一日一楽”&“2日前”の日記」で投稿した記事で、ファーマーに関するものは、このブログで再掲することにします。

 数年ほど前のことであるが、畑の樹木周りの所々にニラがかたまって生えているのを知った。それは、てっきりラッキョウだと勘違いしていた。
 そこで、ニラも料理によっては入れると美味しくなるものがあり、このニラを使って栽培を始めた。2年ほど試行錯誤して、2016年秋にニラの栽培箇所をしだれ梅の枝先の東側に決め、自生していたニラを移植して、ここで植えっ放しの栽培を始めた。
 このニラはすごい。夏場は2週間もすれば元通りに復元し、年に10回以上収穫可能だ。もっとも、そんなに頻繁に食べないから、毎年数回ぐらいしか収穫しないが。
 ところが、うちのニラは、少々葉幅が小さく、薄っぺらいが、匂いはまずまずである。市販物より貧弱だが、品種の違いで小振りにしか育たないのだろうなあ、と思っていた。
 2016年秋にニラ栽培地を決めたときには、その場所を掘り返して有機肥料をどれだけか入れ込み、その後はらしい施肥はしてこなかった。もともとやせた土地であったのだろうか、2017年春の最初の収穫以降、やせたニラしか収穫できていなかった。2018年以降は大半の野菜を無肥料栽培にしたから、ニラも施肥はしなかった。肥料効果が出るのは、草抑えに被せた籾殻ぐらいなものであったが、2019年に若干の草木灰を撒き、2020年には米糠、牛糞堆肥、有機肥料粒を間隔を空けて撒いたが、施肥効果は感じられなかった。そこで、2021年には2月に鶏糞をばら撒いた。
 そうしたところ、今年4月19日の第1回収穫(全部刈り取り)では多少葉が厚くなり、5月20日(今日)の第2回収穫(全部刈り取り)でははっきりと葉が厚くなった。
 やはり施肥すると違うものである。無肥料栽培は省力化を最大の主眼として始めたものであり、植えっ放しのニラにあっては、単に肥料をばら撒くだけであるから手間らしい手間はかからず、今後はニラの葉がやせてきたら、施肥を続けることとした次第。 
 さて、収穫したニラのボリュームは今日は1か月前に比べて5割増ぐらいになっていた。女房が、こんなにたくさんのニラをどうしようかと、ネット検索してニラ料理を調べていた。きっと何かうまいニラ料理を作ってくれるのではと期待。晩飯のおかずに早速作ってくれたものの、平凡な卵とじであった。それなりにおいしかったから文句は言えないが。
 こうして、ニラ栽培は5年目にしてうまくいくようになった。ただし、慣行農法(肥料をたっぷり与える)でいくと、植えっ放しではやがて収穫量が落ちてくるという。でも、減肥料栽培なら長年栽培し続けることができるのではなかろうか。うちの場合、鶏糞が効いたような感がし、今後はこれを少々使っていくこととしよう。
 そして、ニラ以上に植えっ放しでいけるアスパラガスはけっこう肥料を求めるようであり、栽培に着手した3年目の今年、まずまずの収穫を得られるようになったが、慣行農法でも10年は植えっ放しで行けるのだから、ここは無肥料栽培にこだわらず、たいした手間はかからないから有機肥料を株周りに撒くこととした。使う肥料は当面、牡蠣殻粉末と有機肥料粒(動物残差発酵肥料)で、第1回目の施肥を4月に行った。これでしばらく様子を見よう。
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5.11 今年もシャクヤクの花が満開となった [ファーマーの“一日一楽”日記]

別立てブログ「薬屋のおやじの“一日一楽”&“2日前”の日記」で投稿した記事で、ファーマーに関するものは、このブログで再掲することにします。

 毎年今頃、畑の隅、柿の木の北側に1畝(約3m)あるシャクヤクが満開となる。
(写真は2018年5月14日朝撮影)
DSCN0660[1].jpg

 ところが今年は、例年の半分ぐらいしか花を付けなかった。写真の半分の数。
 どうしたことだろう。少なくとも2、30年は植えっ放しであろう。おふくろが元気な頃は何か手入れをしていたかもしれぬが、ここ10年ほどは小生が管理しており、特別に何もしていない。晩秋に枯れるから、草刈機で刈って、周りの雑草とともに畝に被せ、少しばかりの防寒と雑草抑え、その後の堆肥化をしておくだけだ。
 昨日は3か月に1回のお常飯があったので、3本を仏壇用の切り花にし、今朝、残り全部(10数本。なお、数本は花が散りかけ、それは処分した。)を切り、仏壇用の切り花も併せて店のレジ横に飾ったところである。
 その写真は、これも過去のものだが去年の今時期のもの。
DSCN0714[1].jpg

 例年なら、10本ほどは花好きの上客さんに差し上げられたものを。
 どうして今年は、かように花付きが悪かったのだろうか。ネットで調べてみると、シャクヤクは肥料を欲しがるようであり、植えっ放しの場合、年に4回追肥するといとのこと。そこで、お礼肥として、お昼に鶏糞を軽くばら撒いておいた。肥料らしい肥料はここ10年ずっとしたことがなく、やったとしたら草木灰が余ったとき(2、3度か?)、これをばら撒いただけだ。
 それにしても年に4回の施肥は多すぎる感がする。晩秋には枯れてしまうから、秋の2回は飛ばして、芽吹き前の3月に今回同様に鶏糞でもばら撒くことにしよう。
 まあ、いずれにしても、今週1週間は、レジ横のシャクヤクの花を愛でることができる。大きな花であるから、たっぷり楽しませてもらえる。これといった手入れをせずとも、今年まずまず花を付けてくれたから、十分に有り難いことだ。

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公園「ちびっこ広場」の草刈・除草剤噴霧記録 [奉仕活動]

 自宅の隣にある公園。その名は「ちびっこ広場」。10アール程度はあろうか。隣にある寺の所有だが、町に無償で貸して公園として整備してもらったもの。その管理は、町から地元の自治会に任せられている。そして、近年は、自治会長一人で草刈と除草剤を撒くことが慣例となっていた。
 これでは自治会長に負担がかかりすぎるから、隣のよしみで、小生と隣家の新家(分家)の若い衆が草刈を手伝うことにしていたものの、その若い衆が若死にして、手伝いは小生一人になってしまった。
 自治会も改革せねばと、2011年度の自治会長さんが班長さんと子供会役員に呼びかけ、5月定例の町内清掃の日の日曜日に花壇の草取りを中心に手伝いをお願いされた。
 それ以降は、清掃の日の前日辺りに、自治会長と小生が草刈りを行ない、当日は班長さん方が花壇の草取りをし、自治会長と小生が中心になって草の搬出(隣にあるうちの休耕田へ)をするといった形になった。
 さらに、2人での草刈りは大変だからと環境美化監視員が加わったり、また、ボランティア1名も参加されたりし、2013年は3人になり、2014年は草刈隊が4人に。その後は概ね3、4人でやることができるようになった。
 2015年頃からは除草剤噴霧もけっこう行うようになり、公園が草ぼうぼうとなることはまずなくなった。また、自治会長が広く会員に呼びかけて、年に2回ほど何人かが清掃(刈った草の収集と花壇の草引き)に加わるようになって来た。
 なお、自治会長は年間計画を立てたり、実施の1、2か月前に役場へ補助申請したり、大変だが、草刈や除草剤噴霧の適期は天候に大きく左右されるから、実施日は小生が決めることにしているも、その調整に苦労させられるところである。

<2021年>
(4月3日)
 庭の除草剤散布のついでに公園外周に除草剤散布するも、噴霧器が故障し、一部のみ。
(4月15日)
 残りの外周と草花が植わっていない花壇に除草剤噴霧。
(5月10日)
 果樹周りの草刈のついでに、草刈機(紐タイプ)で除草剤で枯れた雑草を刈り取り。
(5月15日)
 自治会役員3名と小生の4人で草刈り。全員が兼業農家で自前の草刈り機で草刈り。
 3週間後の除草剤噴霧は自治会長が動力噴霧器を持っており、一人でやるとのこと。

<2020年>
(4月30日)
 4月初めに、庭の除草剤散布のついでに公園外周の西側に除草剤散布し、今、きれいに枯れた状態だ。除草剤切れで北側や南側は実施せず。
 今日、ついでがあったので公園北側を草刈機(紐タイプ)で草刈り。また、公園内北縁・南縁の花壇が草ぼうぼうになっており、ここも草刈り。紐の消耗が激しい。
(5月11日)
 公園外周の北側と東側に除草剤を噴霧。
(5月23日)
 例年より1週間遅れで、自治会長・会計さんと3人で草刈機で草刈り。
 今年は新型コロナ対応で多人数が集まっての清掃活動は中止になった。よって、南・西側の草は熊手で塀側に寄せるだけとし、東・北側の草は花壇へ草抑えに投入。
(6月21日?)
 1週間遅れたが、自治会長・会計さんと3人で除草剤噴霧。
(7月19日)
 除草剤が効いていなかった箇所を、一人で草刈機(紐タイプ)で草刈り。
(8月9日)
 自治会長さんが2、3日前に更新した草刈機で草の多いところを草刈り。
 今日、小生一人で除草剤噴霧(外回り、花壇、花壇内側の淵)
(8月30日)
 今日9時から除草剤噴霧の予定が8時に自治会長さん他1名で始められ、慌てて合流。けっこう大きく伸びた雑草があり、そうした目立つ箇所は後日自治会長さん一人で草刈機で草刈りされるとのこと。
(10月5日)
 草の伸び方はごくわずかであるが、今日、自治会長さん一人で草刈りをやっておられるのを9時半に発見。合流して手伝う。11時に終了。 

<2019年>
(5月12日)
 自治会長が遠慮して小生に声を掛けずに公園の草刈りを今日、予定された。ちょうど自宅にいて、それを見つけ、手伝いに入る。3人来られ、4台の草刈り機で8時から開始するも、途中から3台になる。小生も来客があり、途中30分間抜ける。
 10時になったところで、自治会役員はグロッキーとなり、早々に終了。19日に公園清掃があるから、その前日までに残りの草刈りをせねばならぬ。いつになるかわからぬが、後日実施となった。
 また、女性の方が2名手伝いに来てみえたが、これは不要。19日に来ればいい。まあ、なんともお粗末な段取りの今日の草刈りであった。
(同日追記)
 暇ができたので、午後2時から2時間弱、一人で残りを草刈り。
(6月12日)
 日曜日に予定していた除草剤散布が雨で中止。今日、自治会長と2人で実施。
(6月23日)
 枯れていない雑草に除草剤散布してやった。
(7月13日)
 予定より1週間遅れで除草剤を噴霧。4人でやったから1時間もかからず。
(8月25日)
 予定より10日遅れで除草剤を噴霧。4人でやったから1時間もかからず。
 27日、全然枯れていない個所に再噴霧しておいた。
(10月10日)
 自治会長と2人で草がまずまず生えている所だけ草刈機で草刈り。全体の半分ぐらいであったから、2人でやったのは1時間で終了。刃を交換し、小生一人で特殊な高価な刃で1時間やってみたが、大したことなし。都合2時間で終了。
 12日に予定していた公園清掃は台風襲来のため中止。刈った草は強風でフェンス淵に寄せられるだろう。
(10月16日)
 台風の吹き返しの風で刈った草がどれだけかは飛んだ感がするが、多くは残っており、今朝一人でかき集め、花壇に草抑えで入れ込む。
 なお、公園内北東あたりにコケ(地衣類?)が広がってきており、これもかき集め、花壇に投入しておいた。

<2018年>
(4月1日)
 公園の外回りを自宅庭などのついでに除草剤噴霧。
(5月19日 草刈:第1回)
 参加者は小生の他に自治会長と班長2名で4人。他に班長2名が来る。8時頃から始め、途中に休憩を挟んで11時頃に終了。
(5月20日)
 自治会会員が8時過ぎから順次10名強集まり、9時過ぎには子供会も合流。皆で草集めや花壇の草引き。町指定ごみ袋に詰め、公園の片隅に置き、役場へ連絡して回収を依頼。
(6月10日:除草剤:第1回)
 自治会長ほかで除草剤噴霧を8時から予定していた。雨で延期かと心配したが、午前中はもちそうで決行。自治会の噴霧器2台とジョウロ1個で3人。小生を加えて4人だから9時には終了。3、4時間経過した正午から雨。何とか除草剤が効いたであろう。
(7月15日:除草剤:第2回)
 7月7日に除草剤噴霧を予定したが、都合で1週間延ばして実施。参加者は前回と同じ。
(8月20日)
 今年は夏の猛暑、旱魃で草は生えず、昨年は長雨で8月10日に除草剤を噴霧したが、今年はせずに済んだ。ただし、8月20日に部分的に雑草が目だったので、小生一人で草が多い所に除草剤を噴霧。しかし、除草剤が薄く、半分も枯れなかった。 
(10月8日:草刈り:第2回)
 けっこう雑草が伸びてきている。正副自治会長と小生の3人で草刈り。会計さんは熊手で草集め。けっこういい加減な刈り方のエリアがあり、雑草が伸びやしないか、気になる。
(10月14日)
 自治会有志30名ほどで、残っている草の草引き、枯草集めを行う。
 寺から伸びだした木の根っこを、小生がつるはしで叩き切り、皆で引き抜く。

<2017年>
(5月20日:草刈:第1回)
 参加者は小生の他に歴代自治会長3名。8時頃から始め、途中に休憩を挟んで11時半頃に終了。草刈機の使用に慣れた者は小生を含めて2人しかいなく、けっこう時間がかかってしまった。
 4月に部分的に除草剤を個人的に散布しておいたので、雑草が繁茂した場所は少なかった。
(5月21日)
 自治会会員が8時過ぎに10名ほど集まり、皆で草集めや花壇の草引き。8時45分には終了。子供会が9時15分に来るというから、しばし待機。
 今年は一輪車が1台しかなく、休耕田への搬入は最小限で済んで、後処理が助かった。大半を町指定ごみ袋に詰め、直ぐ近くの集積場へ。
(6月10日:除草剤:第1回)
 草刈(5月20日)して20日ほど経つ。除草剤散布していい時期だ。5日前に西側フェンス際を小生がついでにやっておいた。
 予定を1日早めて今朝実施。新旧自治会長と小生の3人で行なう。
 花壇にコスモスが生えているが、西の方だけは今朝除草剤を散布し、絶やすことに。他は自治会長に話をして後日実施。これで今年はコスモスの残骸処理をしなくて済む。
(6月12日)
 休耕田土手(南)の道路沿いに除草剤噴霧のついでにコスモスにも除草剤噴霧。
(6月19日)
 公園のやり残しが3か所あり、須賀前の土手(東側)のついでに除草剤を噴霧しておいた。
(7月11日:除草剤:第2回)
 今年は6月7日に梅雨入りしたが、そのご2週間雨なしで草の伸びは少ない。7月21日ラジオ体操開始から逆算して10日前の7月11日に除草剤を噴霧することに。新旧自治会長と3人で実施。
(7月16日)
 公園のやり残しを部分を除草剤噴霧。なお、除草剤に非常に強い草(双子葉植物)があることを今回初めて知った。
 21日のラジオ体操の後で、子供会と公園清掃があるが、枯草は小さいからそのままでよく、ほとんどなにもすることがない。
(8月10日:除草剤:第3回)
 今年は実質上、梅雨がずっと続いており、草が伸びる。急きょ除草剤噴霧することにし、新旧自治会長と3人で実施。
(10月5日:草刈り:第2回)
 10月8日(日)に清掃活動があるから事前に草刈りすることに。明日明後日は雨模様につき、本日(木)4人(途中1人早退)で実行。

<2016年>
(5月13日:草刈:第1回)
 参加者は小生の他に自治会長や前自治会長など有志で総勢5名。9時頃から始め、途中に休憩を挟んで11時半頃に終了。やっぱり人数が多いと簡単に終わるものだ。刈った雑草は部分的にだが所々にかき集めておくだけで終了。
 腰痛をかばいながら、何とか無事に済んだ。
(5月15日)
 町内清掃の後、9時頃から班長さんなど人が集まり始め、最初は4人で開始し、遅れて1人参加。子供会は30分ほど遅れて何人か参加。
 2、3人が一輪車で、公園と道路を挟んで北側にあるうちの休耕田の隅に、2日前の草刈で出た雑草や落ち葉を運び込む。そして、花壇の草引きで出た雑草も同様に運び込み。
 10時過ぎに終了。
(5月29日:除草剤:第1回)
 昨日の晩に自治会各種団体の会合があり、今年の除草剤散布日を自治会長と相談しようと思っていたが、自治会長は会合中は何かと忙しく、話半分で終ってしまった。
 ところが、帰りがけに前自治会長と顔を合わせ、明日除草剤を散布すれば夕刻から雨だから立入禁止は1日だけで済み、2人で撒かないかと呼びかけたら、いいよと返事があった。
 そこで、朝8時から1時間半ほど除草剤を散布。終ってから自治会長に報告。そしたら、これにも補助金がつくから写真を撮りたいとのことで、自治会長の到着を待つ。なお、公園封鎖は自治会長が行う。
 雑草の多くは、まだ芽吹いたばかりといったところだが、十分に除草剤が効いてくれたことだろう。
 去年より2週間ほど早めの散布だったから、7月半ばの草刈のときには雑草が伸びすぎているかも。
 なお、花壇や公園の西際にはコスモスが生えていたが、除草剤を掛けて絶やすことにした。花が散った後の後始末が大変だからである。
(6月6日)
 ついでがあったので、一人で勝手に除草剤を追加で散布。西側フェンス近くで雑草の芽吹きがあり、西面花壇でコスモスの芽引きがあり、これらを絶やすことにした。
(7月初め:除草剤:第2回)
 自治会長が除草剤を噴霧。
(7月16日:草刈:第2回)
 除草剤のお陰で枯草が大半で草はわずかしか生えていない。でも、間もなくラジオ体操で使うから、綺麗にしておきたい。自治会長、環境美化監視員の3人で、ざっと草刈をする。8時前に始めて9時には終る。
(7月21日)
 今日から始まったラジオ体操の後で、刈り取った草を少々集めたり、花壇の草引きを皆で行う。落ち葉がけっこうあったものの、草は少々であった。
(8月13日:草刈:第3回)
 あれ以来、けっこう雑草が伸びた。自治会長に話をし、ついでがあるから1人で刈っておくことに。東半分をあらかた草刈機で刈り取った。
 そのまたついでだが、神社の草が生えているところを草刈機で草刈。
(9月30日:草刈:第4回)
 ここ4年間、夏の雨が段々多くなり、それに伴って、公園の雑草が茂りに茂り、今年は過去最大となった。
 8月下旬には草刈せねばならない状態であったが、そのとき草刈しても、また1か月後には草刈せねばならないだろうから、自治会長とも相談し、見送った。
 9月半ばの大きな行事(神社、自治会)が終わり、下旬には草刈することにしていたが、自治会長の都合で、29日に予定されたが、雨で順延となり、今日となった。
 総勢4人の参加。新旧自治会長と3年前の自治会長それに小生。4人いれば早いもの。実働1時間半。
 さて、刈った草をうちの休耕田へ搬出せねばならないが、それは10月9日が予定されている。少々先になるが止むを得まい。
(10月10日)
 予定の9日は雨で順延。本日、放置してある枯草をうちの休耕田へ搬出した。
 広く呼びかけがあり、初めての参加者が数名あったが、班長さんの参加は少なかった。

<2015年>
(5月15日:草刈:第1回)
 参加者は小生の他に、自治会正副会長、環境美化監視員、前自治会長。
 8時頃から始め、途中に休憩を挟んで10時頃に終了。やっぱり人数が多いと簡単に終わるものだ。その日は刈った雑草は所々にかき集めておくだけだ。
(5月17日)
 今年初めてのやり方だが、自治会役員、子供会役員と子供たちが3班に分かれて、公共施設(通学路地下道、神社境内、公園)の清掃を行うことになった。
 小生は神社総代長の役職にあるから神社に行ったので、例年行う公園の刈り取った草や当日行う花壇の草引きで出た雑草の処理がどのようになされたのかは分からなかった。単に、公園と道路を挟んで北側にあるうちの休耕田の隅に放って置けばいいと言っておいただけ。
(6月10日:除草剤:第1回)
 今年の除草剤散布は、自治会長と小生の2人で今日の午後に行うことになった。噴霧器を使用して1時間半かかって終了。5月15日の草刈後、わりと雨が少なかったから、雑草の伸び方は大したことなく、除草剤を撒くのにちょうど良い時期と思われた。
 なお、そのあと、小生(神社総代長)一人で神社の除草剤噴霧。こちらは1時間で終了。草の生え方はごく少ない。
(6月26日)
 草刈りから1か月以上経った今日、休耕田に山と積まれた枯草を、うちの畑でヤーコンなどの畝の雑草抑えと乾燥防止に使おうと、かき集めてダンボール箱などに詰め始めた。ところが、公園の小砂利や石っころが随分と混ざっている。これでは、そのまま畑へもっていくのはまずい。そこで、少しずつ手で篩い、石っころは跳ねだし、小砂利はなるべく入れないようにして箱に詰めることにした。
 こうして、過半は持ち出したが、まだ随分と残っている。というのは、昨年の第2回公園草刈で出た雑草はそのままにしてあったからだ。下の方はけっこう堆肥化しており、これは、うちの休耕田の道路側にコスモスを栽培しているから、コスモスが十分な背丈に生長した後で、雑草抑えと肥料化をかねてばら撒くことにしよう。小砂利が混ざっていても、ここなら問題ない。
 いずれにしても、公園から出る雑草の処理は、毎年毎年その都度行わないと、なんせ量が多いから大変だ。
(7月20日:草刈り:第2回)
 明日からラジオ体操で公園を使うから、今日、自治会長さん他3名で今年度第2回目の草刈。8時前から始め、10時には終了。
 今年の草丈は短く、草集めは明日のラジオ体操後に実施することに。
(7月21日)
 初めてラジオ体操に参加。その後で、子供会役員と子供、自治会班長で、花壇の草引きと昨日刈り取った草集めを実施。
(9月中旬:除草剤:第2回)
 自治会長一人で実施。
(10月11日:草刈り:第3回)
 一昨年も夏に雨がけっこう多かったが、昨年はさらに雨が多かった。そして、今年は過去に例がないほど雨が多かった。よって、雑草が茂りに茂った。
 9月初めには草刈せねばならない状態であったが、放置され、9月中頃に自治会長が1人で除草剤を撒かれた。全面が枯草で覆われた。
 9月末に自治会長が班長の他に有志を回覧板で募り、10月11日に草集めを計画された。自治会長は、熊手で引っ掻けば雑草が抜けると考えられたのである。そのような報告が月初めにあったのだが、経験者語るであり、“それは不可能。草刈機を持ち出すしかない。”と話をした。そしたら、8、9、10日あたりに自治会長の会社従業員が大半の草刈をされた。なお、班長さん1人も9日に少し草刈をされた。
 そんなことから、11日は残り少ない雑草を小生ともう1人の班長さんで草刈し、他の方は草集めの仕事。枯草は刈りにくく手間が掛かったが、9時過ぎには終了。

<2014年>
(5月11日:草刈り:第1回)
 サラリーマンの自治会長の都合で清掃の日の1週間前の今日実施することになった。8時半頃から始め、途中に休憩を挟んで10時頃に終了。やっぱり4人ともなると簡単に終わるものだ。
(5月18日) 
 清掃の日に公園周りの花壇の草引きと今日刈った草の搬出作業。これは、道路を挟んで反対側にあるうちの休耕田に積み上げれば良い。一輪車を提供し、小生も少々手伝う。
 なお、休耕田に積み上げた落ち葉(今年は自治会長が事前に大半をかき集めごみ出ししてしまった)と雑草は、後日、小生が作付けしているコスモスの畝に敷き、雑草押さえにすることとする。それは翌年度の堆肥となり、一石二鳥。
(6月8日:除草剤:第1回)
 除草剤噴霧は、過去、やったりやらなかったりであったが、今年はやることになり、初めて小生もその手伝いをすることになった。雑草が伸びだしてきており、少々遅いぐらいである。
 4人で行うことになったから、早いものである。ただし、草刈と違って、既に除草剤を散布した場所かどうか判別できない。ダブって撒いたり撒き忘れがあったりしただろうが、まあ良かろう。
 1時間もかからず終了。何人かでやると苦にならないものだ。
(7月12日:草刈り:第2回)
 初夏の陽気で雑草も伸び始め、6月上旬に自治会長さん他3名(小生を含む)が除草剤を噴霧したので、雑草の勢いは一旦弱まったが、ここのところの雨で、けっこう目立つようになった。
 )自治会長さん他3名で今年度第2回目の草刈。8時前から始め、刈った草の処分も行い、10時半過ぎに終了。
 なお、昨年と同様に、子供会の最初のラジオ体操のとき、花壇の草引きが行われるとのこと。
(9月22日:草刈り:第3回)
 昨年も夏に雨がけっこう多かったが、今年は過去に例がないほど雨が多かった。よって、雑草が茂りに茂っている。
 本来ならば、8月下旬にやらねばならない状態であったが、小生も自治会長も日程が採れず、その後も延び延びになり、やっと今日9月22日に実施することとなった。
 参加者は他に環境美化監視員さんと前自治会長で、計4名の予定であった。でも、うち2名は大型ゴミ集積場監視で9時ごろにしか来れない。よって、前自治会長と小生で8時から先に取り掛かることになった。
 間もなくして自治会長の奥さんが見えたし、前自治会長のお孫さんは初め遊んでいたが、途中から草運びを手伝ってくれた。
 人手が多かったものの、終了したのは12時。少々疲れました。

<2013年>
(5月中旬:草刈り:第1回)
(7月中旬:草刈り:第2回)
 自治会長さんと相談し、本日、草刈機で草刈りすることにし、7時過ぎから2人で作業開始。なお、自治会長夫人も草の片付けの応援に来てくださった。
 途中2回休憩を入れ、11時を過ぎたところで、あと少しで草の片付けが終わろうというものの、暑さで中止。残りは自治会長夫妻が夕刻に行われることとなって、小生はお役御免。
 なお、今年は花壇の草が少ないので、班長さん方の草引きは無し。
 子供会の最初のラジオ体操のとき、花壇の草引きが行われるとのこと。
(9月23日)
 今年は夏に雨が多く、9月初めには草ボウボウとなってしまった。
 自治会長は9月15日までは諸行事で忙しく、それが済んでからやろうということになり、自治会長は勤め人であり23日がいいと言う。しかし、小生は都合が付かない。そこで、先に小生だけで今日草刈りを半分実施することにした。
 朝7時から始めようとしたが、納屋へ行くとチップソウの予備がない。3枚はいるだろうから、買ってこなければならない。よって、ホームセンターが開く10時過ぎまで草刈りは遅らせ、家の雑仕事をして、その後、先日の台風で倒れた公園のフェンス内側のコスモスを起こして、ビニールテープを張って倒れないようにしておいた。9時前に開店準備を済ませ、10時にホームセンターへ行きへ行き、チップソウを4枚購入。
 そして、3時間ほどかけて、公園の半分を刈り終える。グッタリ。
 刈り取った草を搬出する気力はもうなく、そのまま放置。
(9月22日追記)
 今朝、時間があったので、刈り取った草をうちの休耕田へ搬出した。2時間弱かけて終了。

<2012年>
(5月中旬:草刈り:第1回)
 自治会長と2人で草刈り
(7月13日草刈り:第2回)
 自治会長と2人で草刈り(一部残る)
(7月15日)
 朝、時間があったので、やり残しを30分ほど草刈機で草刈り。町内清掃の後、班長さん方が花壇の草引きをし、小生はもっぱら草の運搬。一輪車でうちの休耕田へ搬入。
(7月22日)
 明日、子供会が公園の清掃をするとのことで、本日やり残しの草刈りを実施。
(9月?10月?)
 たぶん1回草刈りをした。
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5.9 スイカ栽培に挑戦 [ファーマーの“一日一楽”日記]

別立てブログ「薬屋のおやじの“一日一楽”&“2日前”の日記」で投稿した記事で、ファーマーに関するものは、このブログで再掲することにします。

 スイカの産地は全国あちこちにある。どこもかも周辺より少し小高い地形の所にあり、水はけがいい砂地である。こんな条件の所で野菜を栽培しようと思っても、水を欲しがるキュウリやナスは枯れてしまうし、水を嫌うトマトでさえ難しいであろう。つまり、どんな野菜も作れないから、やむなくスイカでも作るしかない、といったところだ。
 さて、当地は沖積層にあって、いくぶん小高い砂地の畑があることはある。そうした畑は一番水を欲しがる里芋の栽培は無理だが、たいていの野菜は育つ。そして、スイカもできる。残念ながら、うちの畑はそうではない。湿気畑でスイカには不向きだ。もっとも、昔は畑が4枚あり、そのうち1枚はわりと砂地であったから、親父がそこでスイカを少々作ったことがある。でも、やはり水っぽくて甘味が少なかった。
 そうしたことから、小生が百姓をやるようになってから、スイカを栽培しようなどとは考えたこともなかった。ところが、である。うちのアパートの住民に少しばかり貸し畑を提供したところ、昨年、小玉スイカを栽培された。畝立ては小生がやってあげたのだが、スイカなら少なくとも水はけを良くしてやらねばいかんからと、高畝にしてあげた。そしたら、全然枯れることなく元気に生育し、いつまでも実を付け、いくつも生ったスイカのうち1個をいただいて食べたところ、けっこう甘かった。
 なんだ、うちの湿気畑でもちゃんとスイカが育つではないか。
 そこで、今まで夏作にメロンを栽培していた1畝をスイカに切り替えることにした。メロンも水を嫌うから、梅雨明けしたら地温上昇とのダブルパンチで実る前に枯れてしまうことが多い。その点、スイカのほうは、昨年の貸し畑のスイカを見ていると、そうしたことは全くなさそうだ。
 ということで、1畝約10mに小玉スイカを今日、作付けしたところである。もっとも、昨年の貸し畑のスイカもそうであったが、接木苗であり、台木は湿気に強いのかもしれぬ。
 ところで、小玉スイカもいろいろな品種がある。苗屋さんへ行ったところ3品種あった。中が赤い普通の小玉スイカ、中が黄色のもの、そして表皮が黄色で中が赤い変わりだね。面白いから次の3品種各3株買って味比べすることにした。
・黄小玉:極早生 果重1.5kg 1株15~20個
・金のたまご:果皮は硬くて割れにくく、黄皮がためか鳥に突かれにくい
・紅小玉:極早生 果重2kg 1株15個以上
 さあ、うまく育ってくれるだろうか。貸し畑のほうは慣行農法で有機肥料を十分にすき込んでおいてあげたが、うちの畑は基本的に全体を無肥料栽培しているから、今年新たに作付けするスイカも無肥料の畝である。メロンは十分に実を付けたから、スイカもそうあってほしいところだ。別畝のカボチャは肥料をやたらと欲しがるから、無肥料では収穫量がガクンと落ちる。カボチャのようになっては困る。なんとかメロン並みに実を付け、かつ、枯れず、加えて甘くておいしいスイカが生ってほしい。
 あまりに欲張りな願望で、捕らぬ狸の皮算用をしているのだが、さてどうなる? 

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5.3 コロナで暇だから、うちの畑からウイルスであるスギナを撲滅しよう [ファーマーの“一日一楽”日記]

別立てブログ「薬屋のおやじの“一日一楽”&“2日前”の日記」で投稿した記事で、ファーマーに関するものは、このブログで再掲することにします。

 スギナは畑の土手に生えている。まず間違いなくどこでもそうだ。このスギナ、地下茎が横に這って伸びていき、畑に侵入してくる。畑起こししたとき、スギナを除去しないと、スギナの地下茎が切れて、より広がりを見せる。ブツブツに切れた短い地下茎であっても決して死ぬことはなく、春以降、その地下茎から新たに芽吹いてくる、実にじょうぶい植物だ。
 もっとも、スギナは伸びてもたいした大きさにならず、びっしり生えているようなことがなければ、野菜の生育に支障が生ずるようなことはない。みっともないだけ。
 薬屋稼業をしながら、片手間に百姓をやっているもんだから、うちの畑は2枚とも、あちこちにけっこうスギナが生えてきている。今頃はスギナの伸びが著しい。
 ここ2、3年、スギナが気になり出し、暇ができたら鍬やテボを使ってスギナ除去をしてきたのだが、1回ではとても無理で、集中して少なくとも3回まわり徹底して除去作業せねばならない。見つけたスギナを根気よく1本1本、なるべく地下茎を長く一緒に引き抜くのである。これで大方はスギナは消えるが、それでも地下茎が残ってしまうから、再び所々で生えてくる。
 よくよく考えてみるに、完全除去できたエリアは皆無といっていいであろう。
 厄介なのは、南隣の方の畑はここ数年耕作放棄されているから、そこからの侵入が著しい。また、永年作付けのグラジオラスの畝にもスギナは繁茂しており、そこから周りに広がっても行く。それらの境は、時折除草剤を噴霧してスギナを弱らせ、侵入速度を落としてはいるが、阻止はできない。
 さて、ここ1年、コロナ騒動で地元も業界も各種会合や行事がほとんど中止となり、かなり百姓仕事に時間を割くことができるようになり、こまめにスギナ除去することができるようになった。
 今日も、時間的余裕がたっぷりあり、1か月前にも取り組んだが、今までほとんどやっていなかったヤーコン畑のあちこちに生えているスギナ除去に1時間以上時間を割くことができた。これで、かなりスギナの勢いを削ぐことができたであろう。
 来月は、タマネギを収穫した後、スギナが群生したエリアの徹底除去だ。
 まだまだ続くコロナのおかげで、コロナウイルスは撲滅できなくても、うちの畑のウイルスであるスギナは撲滅できるかもしれない。 

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5.1 ミツバの群生がものすごい勢いとなった [ファーマーの“一日一楽”日記]

別立てブログ「薬屋のおやじの“一日一楽”&“2日前”の日記」で投稿した記事で、ファーマーに関するものは、このブログで再掲することにします。

 ミツバは半日陰というか全くの日陰でよく育つ。甘夏の下、しだれ梅の下で群生しているし、種が風で飛んだのであろう、柿の木の下でも所々生えている。
 今年は特に甘夏の下の群生がものすごい勢いとなった。甘夏には、ここ何年か肥料らしい肥料は与えていなかったが、3月初めに収穫を終えたところで、「お礼肥え」として鶏糞を適当量ばら撒いておいた。
 これがミツバの“餌”になったのであろう。例年に比べて随分と背が高くなったし、葉の色も濃いし、かつ大きい。そして、今が食べ頃と言った感じだ。
 そこで、これを収穫し、今日から始まる月初めセールで、お客様に少しずつ(本当はどっさりと、と思うも)差し上げることにした。過去に、気まぐれ的に一部の方に差し上げたことがあったが、今年は多くの固定客様にそうすることに。
 というのは、例年だと、今頃、絹さやエンドウの収穫がピークとなり、それを差し上げていたのだが、今年は早々に終わってしまったから、それを差し上げられず、その代わりに、といったところだ。
 吸い物に一番合うミツバだが、味噌汁に入れたっていい。買うとけっこう高いミツバ。お客様も喜んでくださる。毎年、成育したミツバの1%も収穫しないが、今年は1割ぐらいは収穫できそうだ。それくらいすさまじいミツバの大群生である。
 セールが終わったら、甘夏もしだれ梅もミツバで風通しが悪くなっているから、草刈機で刈り取ろうと思っている。そのすさまじさを写真にとって貼り付けるといいのだが、10数年前に買ったデジカメがとうとう故障してしまい、ピンボケ写真しか撮れなくなって、それはかなわず。 
 滅多に写真をブログアップしないから、新たなデジカメを買おうか買わまいか、迷っているところです。なんせここ10年、このためにだけデジカメを使っているだけですから。

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飛蚊症、光視症そして加齢黄斑変性へと目の症状が変化(いずれも時折) [ファーマシーの疾病]

 ここのところ体調はすこぶる良く、ファーマシーに関する記事はだいぶご無沙汰していたが、先日、目に異変が生じたので、過去を振り返りながら、記事にすることとした。

 今72歳の小生、10年ぐらい前から3年ぐらい前まで「飛蚊症」で悩まされた。
 「飛蚊症」とは、視界に黒い蚊や糸くず、ごみのような物体が浮遊して見える状態。これは、加齢に伴う生理的な自然現象としてみられるケースがほとんどで、放置しておいてよいとのこと。眼球内の硝子体が何らかの原因で濁り、その濁りがゴミのような形の浮遊物として視界に現れて自覚するようになる、というもの。

 これがすっかり消えてしまい、“俺の目は若返った!”と喜んでいたら、ここ1年ぐらいの間に2、3度、今度は「光視症」になった。
 「光視症」とは、眼に直接光が当たっていない状態でありながら、キラキラ・チカチカとした光が視野の一部に現れる症状を指す。発症する原因は、主に年齢的変化と共に網膜と硝子体の隙間に生じる後部硝子体剥離と併発して起こることが多いそうだ。もっとも、網膜と硝子体の間で強い癒着があることで、すぐにその部位が剥離することはない。
 これが進行すれば、少々やばいことになるが、数分もすれば症状が消えたから、加齢に伴う一過性のものであったろう。加えて頻発するものではなかったから、問題なし。

 さて、先日、突如として現れたのが「加齢黄斑変性」である。
 これは、ものが歪んで見える、視野の中心部分が暗くなる(中心暗点)、色がわからなくなる、といった症状を呈する。小生の場合、中心暗点の出現であった。
 滲出型と萎縮型の2タイプあり、日本人の場合はたいてい前者とのこと。
 その原因は、異常な血管が網膜と色素上皮の間に広がっていくことで生じる。色素上皮は、網膜の細胞の老廃物を取り除く働きを持っているが、年を取るにつれて、この働きが低下していき、本来取り除かれるべき老廃物が残ったままとなる。この老廃物を取り除くために、脈絡膜というところから新しい血管が伸びていく。この新しい血管が網膜と色素上皮の間に入り込み、網膜を傷つけたり、新生血管は脆弱であるから出血、滲出物の貯留が起きたりする。こうして滲出型加齢黄斑変性が起こるとのことである。
 日本人によく見られる滲出型は、50代以上の80人に1人に生じ、男性の発症割合が高く、また、たばこを吸う人は4倍も加齢黄斑変性の発症リスクが高まるとのこと。男でヘビースモーカーである小生、発症確率は10%にもなろうか。
 放置しておくと失明の危険性もあるとのことだが、まだ単発的に1回症状が出ただけであるから、何も気にすることはない。そして、これには治療法があり、抗血管新生療法薬を目に注射すればけっこう治るようである。
 
 加齢とともに体の部品はあちこちでガタがくるものである。ここ2、3年は何も生じなかったが、目だけが一過性であるも、少々異変を生じだしたようである。
 それにしても、突如として現れた「中心暗点」にはいささかびっくりさせられた。気休めにしかならないが、目薬を差してしばらくじっと目をつぶっていたところである。なお、これは左目だけに生じ、そのとき目が腫れぼったくなったから、新生血管の出血があったのであろう。その腫れも中心暗点も3分もしたら治まってしまった。
 体は使えば使うほど丈夫になるのだが、目だけは違うようである。これは、人工的な光刺激を浴びすぎると目にダメージを受けるからだろう。「中心暗点」が出現したときは、ブログ記事を数時間、一心不乱に書き進めているときであった。これからは、あまり根を詰めてパソコンに向かい合わないことだ、と反省。

(2022年2月1日追記)
 気になる加齢黄斑変性であるが、これが最初に現れたのは2021年の5月であった。その後、軽い症状が2、3度あったように記憶している。最近では半月前に軽い症状が出た。
 ところが、今日、左目が(今までも左目であったように思う)突然ほとんど見えないほどになり、腫れぼったくもなった。じっとし、冷たい指で冷シップ代わりにし、瞼を冷やす。2、3分して概ね解消。ホッと一安心。
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