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柿の木の冬剪定&施肥 [柿]

 小生が生まれる前からある柿の木が3本。少なくとも樹齢70年以上に違いない。それ以外に若木が2本あったが、2012年、2013年とで2本とも切り倒してしまった。どれだけも実が生らず、邪魔になるからである。なお、一番東の若木の跡には2013年にビワを植え、北西の角の若木の跡はタラ(根から芽吹く)を進出させた。よって、柿の栽培は老木3本である。
 柿の栽培については、記事を4本立てにしている。
 「柿の木の冬剪定&施肥」は、このページであるが、他の事項については次のページで記録する。
 柿の木の消毒は2015年から止め!するとヘタムシ被害が激しくなったのだが…
 柿の木の夏剪定と摘果、その後の管理 
 今年の柿の収穫状況

 柿の木の冬剪定は12月から2月で、その間にいつやってもいいようだ。うちでは例年2月中旬にやっていたが、早いに越したことはないと2012年からはできれば1月中に行うようにした。そして、2017年からはもっと早めて12月に実施。
 剪定の方法は、友人が研究して、そのノウハウを伝授してくれたから、それに従っている。
 そのポイントは、枝先を切ると、その枝にはその年は実がならないことを承知しておかねばいかんとのことである。
 あとは我流であるが、上に伸びた新枝は全て切り落とし、これ以上に柿の木が大きくならないようにしている。そして、隣接する他の果樹と枝葉が触れ合わないよう、どれだけかの枝落としをし、込み合っている枝を落としたり、小枝を切り落としたりしている。
 なお、剪定作業は、2012年までは手が届く所は下からやり、届かない所は木に登ってやっていたが、歳をとり、木から落ちそうになることもあるので、2013年からは脚立を多用している。
 また、2011年か12年に、わりと低木になるよう思い切った剪定を行い、柿の収穫に脚立をあまり使わなくてもいいようにした。そして、伸ばせる枝はどんどん伸ばし、つっかい棒で支えることにした。

 次に施肥であるが、柿の木に施肥することはなかったのだが、2005年頃に畑の果樹全部の周りに、それぞれ深さ50センチほどの溝を掘り、大量に有機肥料と相当量の化成肥料を入れ、2010年頃にもそれにどれだけか近い形(深さは20センチ程度)で施肥し、2013年はもう少し浅く(10から5センチ)クワで溝立てして施肥したところである。
 して、その効果はというと、柿については収穫量も甘みも変化はない感じである。でも、施肥した方が良かろうと思って、その後は簡単な方法(肥料のばら撒き)で果樹全部の周りに施肥することにしたのだが、2015、16年は鶏糞と草木灰を撒きすぎたせいか、果樹の中には枯れたり、枯れそうになったものが出たし、柿の木はヘタムシの被害が増えた。
 よって、果樹への施肥はすべて当面見合わせることとしたところである。

<2018年12月>
(12月24日)
 例年どおり上に伸びた新枝は全て切り落とし。込みすぎた箇所は枝を少々選る。
 昨年、かなり思い切って剪定し、夏剪定も行っているから、ほんの少々の剪定で済んでしまった。
 なお、昨年も少しやったが、枝が粗くしか出ていない個所で、上方に伸びあがった枝がある場合は、隣の枝の下にねじ曲げて横向きにし、収穫しやすくしてやった。

<2017年12月>
(12月18日)
 例年どおり上に伸びた新枝は全て切り落とし。込みすぎた箇所は枝を選る。
 横へ伸びた枝であっても、畑あるいは隣の木の邪魔になるものは昨年同様に思い切って切った。
 斜め上に伸びている枝振りが良いものは、他の枝の下に入れ込んだりして、実を千切りやすくしておいた。
 木に登っての作業は危なっかしいから、なるべく脚立を多用しようと思ったが、風がほとんどなく体が暖かかった(休耕田での野焼きと同時進行での剪定作業)から、木に登っての剪定がけっこう多かった。
(追記:2018年1月14日、15、19日)
 ヘタムシ駆除のため、樹皮剥きを始めた。そのついでに、不要な老枝を切り取る。コブになった所の皮を削るのにたいそうな時間がかかるので、太い枝も数本切り取り、すっきりさせた。

<2017年2月>
<剪定>
 予定よりだいぶ遅れたが、2月12日(日)朝11時から取り掛かった。
 例年どおり上に伸びた新枝は全て切り落とし。込みすぎた箇所は枝を選る。
 横へ伸びすぎた枝は、畑あるいは隣の木の邪魔になるものは昨年以上に思い切って切った。
 斜め上に伸びている枝振りが良いものは、他の枝の下に入れ込んだりして、実を千切りやすくしておいた。
 今年も、木に登っての作業は危なっかしいから、なるべく脚立を多用。3本で2時間強を要した。
<施肥>
 1月16日に、神社の焚き火の湿った灰・炭を回収し、うち砂利が混ざっているものを果樹園全体にばら撒いた。柿畑にはこれにて将来的に施肥せず。

<2016年2月>
<剪定>
 遅れたが、2月7日(日)朝10時過ぎから取り掛かった。
 例年どおり上に伸びた新枝は全て切り落とし。込みすぎた箇所は枝を選る。
 横へ伸びすぎた枝は、畑あるいは隣の木の邪魔になるものは切ったが、他はそのままにし、つっかい棒を今年あたり立てようと思う。
 斜め上に伸びている枝振りが良いものは、他の枝の下に入れ込んだりして、実を千切りやすくしておいた。
 今年は、木に登っての作業は危なっかしいから、脚立を多用。3本で2時間強を要した。
<施肥>
 休耕田で野焼きした草木灰が多量にあるが、湿っていて燃え残りもあるから畑には入れられず、これを果樹全般に施肥することにした。2月7日にかなりの量をばら撒いた。今年の施肥はこれで終わり。

<2015年1月>
<剪定>
 1月18日(日)朝8時過ぎから取り掛かった。
 例年どおり上に伸びた新枝は全て切り落とし。横へ伸びすぎた枝は今年は1本落としただけ。柿の木1本約30分、3本で1時間半弱で終了。
<施肥>
 休耕田で野焼きした草木灰を2月にばら撒いてある。3月7日、数日前に入手した米ぬか、そして鶏糞を適当にばら撒き、それら(特に草木灰)を地面に染み込みやすいよう手鍬で叩いておいた。

<2014年1月>
<剪定>
 1月12日に朝10時から剪定に取り掛かった。昨年と同様だ。
<施肥>
施肥は2月17日。たとえ15~20センチ程度でも掘るのは面倒だし、根っこを切ってしまう。そこで、今年初めて使うのだが、鶏糞をばら撒くだけにした。リンが多いから果実に効いてくれるだろう。

<2013年2月>
<剪定>
 下の写真は、柿の木3本のうち並んで生えている2本と離れた場所にある1本で、2013.3.3撮影のものだが、毎年概ね同じ状態に剪定している。
DSCN0068.JPG

DSCN0067.JPG
 
<施肥>
 2月頃に次のとおり施肥した。
 最初に北の木。これは、別棟のコンクリート敷きへ根を伸ばしており、施肥できるのは南側と東側であり、南側だけ2メートル程度に施肥することにした。まず、10~15センチ程度クワで溝立てする。伸びてきている根っこを少々切ってしまったが、新たに根が伸びるだろうから、これで良かろうというもの。次に、施肥であるが、有機肥料ペレット、牛糞、種粕を適当量撒く。そして、使い捨てカイロから取り出した酸化鉄がたくさんあるから、これも撒く。最後に、周りの落ち葉なども埋め込みながら、土を戻す。
 2本目が西の木。これは畑に植わっており、北側2メートル弱と西側2メートル強に施肥することにした。なお、北側には堆肥場があって、そこへ根を伸ばしてきており、その部分は触らずにおいた。まず、15~20センチ程度、伸びてきている根っこを少々切りつつ、クワで溝立てする。次に、施肥であるが、牛糞がなくなってしまい、有機肥料ペレット、種粕、使い捨てカイロから取り出した酸化鉄を適当量撒く。最後に、周りの落ち葉なども埋め込みながら、土を戻す。
 3本目が東の木。これは西の木と隣接しており、北側1メートル強と東側2メートル強に同様に施肥することにした。なお、北側には堆肥場があって、そこへ根を伸ばしてきており、その部分は触らず、堆肥場の上部の堆肥をこの木には併せて施肥した。
 そして、年末に食べた越前蟹のガラが堆肥場の隣に放置してあり、これも入れ込んだ。蟹のガラを入れると柿が甘くなると、おふくろが言う。よって、毎年、蟹のガラをおふくろが柿木の周りに埋めているが、今年は老体ゆえに放置しておいたのであろう。

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無肥料自然農法による野菜の収穫状況(途中経過報告) [自然農法の導入]

別立てブログ「チャレンジ自然農法」で記事にしたものを、このブログで再掲することとします。

 2017年春に知った自然農法「たんじゅん農」。その後、河名秀郎さんが提唱する自然農法や三浦伸章さんの「ガッテン農法」も知り、こうしたものも加えて、それらをよりどころとしながら、自分なりに無肥料自然農法を始めた。ただし、栽培の一部は引き続き慣行農法にし、また、急きょ農薬を使用したものもある。
 自然農法を始めて日が浅いから、まだ、その成功・失敗を論ずる段階に至っていないものの、途中経過報告的に野菜の収穫状況をここに記録しておく。

2018年12月23日現在の状況

<須賀前畑・西から第1畝:サツマイモ>
2012年からサツマイモを連作し、17年は有機肥料を少なめに入れて栽培。
連作によりネコブセンチュウ被害がひどくなり、18年は作付けせず。
代わりにマリーゴールドを栽培し、農薬(ネマトリンエース)を撒いてすき込む。
19年に無肥料でサツマイモを作付け予定。

<須賀前畑・西から第2畝:白ナス>
17年は有機肥料栽培で、この年から冷床種蒔きになり、生育遅れで収穫大幅減。
連作を嫌うナスだが、18年から無肥料・連作に挑戦。
18年の収穫は前年を若干下回ったが、夏季旱魃での収穫減であり、連作の影響なし。

<須賀前畑・西から第3畝:トマト&ブロッコリー・カリフラワーの二毛作>
17年トマトから無肥料栽培で、この年から冷床種蒔きになり、生育遅れで収穫大幅減。
連作を嫌うトマトだが、18年無肥料・連作トマトの収穫は前年を若干下回っただけ。
ブロッコリー・カリフラワーは無肥料ながら17年・18年とも極めて順調で豊作。

<須賀前畑・西から第4畝:メロン&大根2品種の二毛作>
17年メロンは有機肥料栽培で、後作の大根から無肥料栽培。
18年メロンは無肥料・連作にもかかわらず17年を超す豊作。これは梅雨明けが早く、その後の雨なしで畑が乾いた影響が大きかったからだろう。
17年大根は無肥料としたが、2品種(ビタミン大根と普通の大根)とも豊作。
18年ビタミン大根は初期の虫食いが激しく不作となったが、虫食いが少なかった株は前年並みに生育。
18年普通の大根は大半が生育不良。暖かい晩秋が続き、当地ではどこも大根が大きくなりすぎて困っておられるのに…。残留肥料がスッカラカンになったからか?

<須賀前畑・西から第5畝:トマト&キャベツの二毛作>
17年トマトから無肥料栽培で、この年から冷床種蒔きになり、生育遅れで収穫大幅減。
連作を嫌うトマトだが、18年連作トマトの収穫は前年を若干下回っただけ。
17年キャベツの第1弾は無肥料ながら豊作、第2弾は早く寒くなり生育不良で不作。
18年キャベツの第1弾は玉が小さい。残留肥料がスッカラカンになったからか?
18年キャベツ第2弾はまだ評価できない段階だが、同様の傾向に。

<須賀前畑・西から第6畝:オクラ(→白ナス)>
17年に、この年から冷床種蒔きになった白ナスを有機肥料栽培した跡地。
18年オクラは、残留肥料があろうに、明らかに生育不良になってしまった。
でも、実の生りは順調にいって例年作となり、虫害は例年より少ない。
19年は再び白ナスに戻し、連作する予定。

<須賀前畑・西から第7畝:イチゴ>
16年秋の作付けからイチゴの連作畝とし、17年秋の作付けからは無肥料としたが、18年収穫は前年以上の豊作。

<須賀前畑・西から第8・9畝:エンドウ・タマネギ交互作&カブ・大根の二毛作>
16年秋作付けは有機肥料栽培のタマネギで、17年初夏に収穫。
17年秋の第8畝作付けは無肥料でエンドウ。大半が晩秋の冷え込みで芽吹かず、18年春の種蒔きとなり、凶作。無肥料の影響は全く分からず。
後作にカブ・遅蒔き大根を無肥料栽培。カブはいたって順調に生育。遅蒔き大根は第4畝の大根より成育が悪く、ここも残留肥料なしの影響か?
17年秋の第9畝作付けは休耕し、十分に休まった土壌で18年秋にエンドウを種蒔き、19年初夏に収穫の見込み。

<須賀前畑・西から第10畝:カボチャ・ハクサイの二毛作>
17年にカボチャを有機肥料栽培。後作にハクサイを無肥料栽培し、18年夏は無肥料でカボチャを連作。生育が非常に悪く、生りもうんと悪い。原因は肥料欠乏だろう。
無肥料初年度の17年ハクサイの出来は前年並みにイマイチ。同一品種の栽培であるが玉の蒔き方が遅く、開いたままのものが大半。
18年ハクサイも同一品種で、ハクサイは肥料を欲しがるから少々牛糞堆肥を入れる。初期の虫食いが激しくて出遅れ、出来は17年並みで、玉はほとんど巻かず。

<須賀前畑・西から第11・12畝:エンドウ・タマネギ交互作&カブ・大根の二毛作>
16年秋作付けは、第11・12畝の第11畝寄りにエンドウ1畝有機肥料栽培で、17年初夏に収穫。
17年秋の作付けは無肥料でタマネギ2畝を栽培し、18年初夏に収穫したが、玉が小さく不作。前年のタマネギは第8・9畝に有機肥料栽培で作付けしたが不作であり、18年初夏収穫は同程度の出来であったから、肥料欠乏だけの原因ではなかろう。

<須賀前畑・西から第13畝:むかごからの山芋2年がかり栽培>
17年むかごからの山芋2年がかり有機肥料栽培を行い、18年秋に収穫。19年も同様にむかごからの山芋2年がかり栽培であるが、無肥料で行う。

<須賀前畑・西から第14・15畝:サツマイモ&メロンの混植で連作>
17年はサツマイモ&メロンの3列混植(中央列にメロン)でメロンのみ有機肥料。
18年は連作で無肥料。メロンは気候が好条件(梅雨明けが早く、旱魃)であり、豊作。サツマイモも例年作。
連作によりネコブセンチュウ被害がひどくなり、18年収穫後、農薬(ネマトリンエース)を撒いてすき込む。

<須賀前畑・西から第16畝:山芋単年栽培>
17年は有機肥料栽培で山芋作付け。
18年は無肥料連作で山芋作付け。3割減の収穫となったが、原因は無肥料連作のせいもあろうが、高畝のため夏の旱魃被害もあったかもしれない。

<須賀前畑・西から第17・18畝:ネギ>
当地特産の「徳田ねぎ」の連作作付けであるが、土寄せなどで毎年大きく土をかき混ぜるので、「たんじゅん農」に適さないと思われ、従前どおり有機肥料での慣行農法。

<須賀前畑・西から第19畝:むかごからの山芋2年がかり栽培>
17年までグラジオラス栽培で、施肥は少ない。この畝を深く掘り、18年から無肥料で山芋2年がかり栽培に着手。19年秋に第1回収穫予定。

<須賀前畑・ヤーコン専用畑>
07年からヤーコンを連作し、基本的に有機肥料栽培。当初は同じ位置に畝立てしていたが、16年産からヤーコン残骸などを畝間に敷き込み、畝間に翌年の畝立てし、16年は豊作。17年は有機肥料控え目の栽培としたところ、夏の天候不順のせいか不作。
18年は無肥料栽培したところ大凶作。これは異常な猛暑の影響が大きかろう。

<須賀前畑・東から第1畝:白ナス(→オクラ)>
17年オクラを有機肥料栽培した畝で、18年は白ナスを無肥料栽培。
17年の白ナスは別の畝での有機肥料栽培で、この年から冷床種蒔きになり、生育遅れで収穫大幅減となり、18年無肥料栽培のこの畝の白ナスの収穫量は前年を若干下回ったが、夏季旱魃の影響であろう。
19年は再びオクラに戻す予定。

<須賀前畑・東から第2畝:ニンジン>
17年は有機肥料栽培のニンジンで夏収穫、秋冬収獲とも普通作。
18年は連作・無肥料栽培。夏収穫の半畝は、無肥料、連作、旱魃の3つの悪条件が重なったからだろう、凶作。秋冬収獲の半畝は、無肥料、連作の悪条件ながら、若干細めが多いが、ほぼ普通作。

<須賀前畑・東から第3畝:紫ナス・枝豆>
17年は有機肥料栽培で南に紫ナス、北に枝豆を半畝ずつ。
18年は無肥料で、場所をひっくり返す。
18年紫ナスは無肥料のせいか生育が悪く、また、梅雨明け後の旱魃で凶作。
18年枝豆は前年同様に豊作。

<自宅前畑・北東区画第1畝:夏冬二毛作>
17年夏はキュウリ第1弾、冬は菊菜を有機肥料栽培。
18年夏は十六豆第1弾を無肥料栽培し、非常に好成績を収めた。
18年冬は小松菜第1弾を無肥料栽培し、非常に好成績を収めた。

<自宅前畑・北東区画第2畝:夏冬二毛作>
17年夏は十六豆第1弾、冬は小松菜を有機肥料栽培。
18年夏はキュウリ第1弾を無肥料栽培し、平年並みの成績を収めた。
18年冬はホウレンソウを無肥料栽培し、芽吹きは悪かったが平年並みの生育。

<自宅前畑・北東区画第3畝:ニンニク>
17年秋に有機肥料栽培でニンニク苗を植え付け、18年初夏に収穫。
18年秋に無肥料(ただし草木灰を後から振る)でニンニク苗を植え付け。

<自宅前畑・北東区画第4畝:夏冬二毛作>
17年夏はトマト、冬はビタミン大根を有機肥料栽培。
18年夏はトウモロコシ第1弾を無肥料栽培。トウモロコシ栽培は初めてだから、はっきり言えないが、肥料不足のトウモロコシになってしまったという感じ。
18年冬は小松菜第2弾を無肥料栽培。暖冬につき生育は良好。

<自宅前畑・北東区画第5畝:夏冬二毛作>
17年夏は枝豆を有機肥料栽培で2期作。冬作はなし。
18年夏はトマト(接木苗)で無肥料栽培。前年同様にやや不作。
18年冬は菊菜を無肥料栽培。暖冬につき生育は良好。

<自宅前畑・北西区画第1畝:ピーマン>
17年夏からピーマンの一毛作とし、有機肥料栽培。
18年夏のピーマンは連作・無肥料栽培で、収穫状況は昨年よりも良い感じがするが、購入苗の質によることも考えられる。

<自宅前畑・北西区画第2畝:夏冬二毛作>
17年夏はキュウリ第3弾、冬は小松菜を有機肥料栽培。
18年夏はキュウリ第3弾を無肥料栽培。毎年第3弾は不作のことが多いが、葉の色も薄く、前年以上に凶作。
18年冬はホウレンソウ第2弾を無肥料栽培。生育初期から肥料不足であろう、部分的に葉が黄色い。そこで、完全な自然農法とはならないが、全体に草木灰を散布するも1か月経っても改善せず。

<自宅前畑・北西区画第3畝:夏冬二毛作>
17年夏は枝豆、冬はカブを有機肥料栽培。
18年夏は枝豆第1弾を無肥料栽培し、平年作。
18年冬はネギを種蒔きし、無肥料で育苗。

<自宅前畑・北西区画第4畝:夏冬二毛作>
17年夏は枝豆、冬は菊菜を有機肥料栽培。
18年夏はトウモロコシ第2弾を無肥料栽培。第1弾より成育はうんと悪かった。
18年冬はソラマメを種蒔きし、19年初夏に収穫の見込み。

<自宅前畑・北西区画ミニハウスの枠寄り:ゴーヤ>
15年からここでゴーヤを有機肥料栽培するも、土壌がバンバンでやせており、不作。
18年は無肥料。前年より初期育成が悪く、若干の不作。

<自宅前畑・南区画東第1~4畝:サツマイモ、メロンの一毛作>
16年に樹木畑を開墾し、有機肥料栽培でサツマイモとメロンの混植を開始。
17年は奇数畝にサツマイモ、偶数畝にペポカボチャを有機肥料栽培。
18年は奇数畝にサツマイモ、偶数畝にメロンを無肥料栽培。
メロンは湿気を嫌うゆえ今夏の旱魃が幸いして枯れなくて豊作。
サツマイモは普通作だが、ネコブセンチュウ被害が大きくなった。

<自宅前畑・南区画中央3畝:里芋>
17年は里芋を有機肥料栽培。種芋保存に失敗し、粗悪品での栽培につき不作。
連作を嫌う里芋だが、18年は無肥料連作。良品の種芋を植え付けたが、生育は悪かったものの、まずまずの収穫ができた。

<自宅前畑・南区画西第1畝:夏野菜一毛作>
17年はキュウリ第2弾で有機肥料栽培
18年は十六豆第2弾で無肥料栽培。好成績を収めた。

<自宅前畑・南区画西第2畝:夏野菜一毛作>
17年は十六豆第2弾で有機肥料栽培
18年はキュウリ第2弾で無肥料栽培。肥料欠乏で葉が黄色く、品種のせいもあり凶作。

<自宅前畑・南区画西第3畝:夏野菜一毛作>
17年は夏キャベツと夏大根を有機肥料栽培
18年は夏大根を無肥料栽培。第1弾は好成績。第2~3弾は猛暑で溶けて無収獲。

<自宅前畑・南区画西第4畝:夏野菜一毛作>
17年はチマサンチュを有機肥料栽培。
18年は夏キャベツを無肥料栽培。第1弾は好成績。第2~3弾は猛暑で不作。

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24節気毎の野菜収穫見込み:冬至から小寒まで [24節気毎の野菜収穫見込み]

 「24節気の健康と食養:冬至から小寒まで」については、別立てブログ「薬屋の…」で投稿しました。興味のある方は、クリックしてご覧いただくとして、このブログでは、うちの今現在の野菜や果物の収穫状況など、部分的に再掲することします。

 うちの自家栽培野菜などの状況をご紹介させていただきます。
 秋冬ニンジン、そして冬野菜のキャベツ、カリフラワー、ブロッコリー、ホウレンソウ、春菊、カブ、小松菜の収穫が続いています。
 白菜、ビタミン大根(中まで緑色)、普通の大根は、発育初期の虫食いで出遅れ、また、今年から導入した無肥料栽培の影響もあって不作です。
 冬野菜の中で一番多く作付けしているのがネギでして、当地のブランド品「徳田ねぎ」は柔らかくて甘いと大評判で、毎年、遠方の方へ贈答したり、お客様に差し上げたりしています。ところが、今年も9月の多雨で根腐れ傾向にあり、生長が悪く、なかなか太くならず、平年に比べ、かなり細いものになっています。12月半ばから少々収穫を始めたところですが、本格的な収穫は1月半ば以降にするしかないです。
 芋類は保存してあり、サツマイモ、里芋、山芋(栽培種のイチョウ芋)、ヤーコン芋がいつでも食べられます。ただし、ヤーコン芋は今夏の猛暑で凶作となり、平年作の2割の出来です。
 なお、ヤーコン芋はすぐれもの。フラクトオリゴ糖たっぷりで、整腸作用が抜群。癖のない味ですから、どんな料理にも入れられ、毎日少しずつ食べています。
 (参照 当店[三宅薬品]のホームページ:ヤーコンの魅力)
 果物は、みかんを2品種栽培しています。今期は表年に当たり、普通のみかんが大豊作で収獲中です。オレンジがかかった晩生のみかんも間もなく収穫可能となります。
 それ以外にはユズがあり、毎年たわわに生ってくれます。香り付けに時々使うほか、年明け後にはユズ酒を作り、丸1年熟成させて、食前酒にしています。
 なお、冬至七種の一つ「金柑」の木もありますが、完熟するのは春分以降となり、その頃に全部収穫し、金柑酒にしています。

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12.24 梅の木の冬剪定 [梅の木]

 梅の木の剪定は10月から1月にやるとよいとのことであるが、うちは少々事情が異なる。初夏にコゴメが大発生することが多く、通常は5、6月に補助的に行う夏剪定がメインとなる。
 
 梅の木は2013年頃までは南庭に大中小各1本、計3本あったが、そのうち小木が枯れてしまい、今は2本である。(なお、他に畑の隅にしだれ梅が1本あるが、これは別途記事にする。→「しだれ梅の夏剪定・消毒ほか管理」)
 以前、大きい梅の木には毎年実がかなり生って、亡きおふくろが梅干を漬けていた。中の木は、まだ小木でどれだけも生らないが、毎年それなりに実を付けてくれる。
 2011年頃だったか、11月にプロの庭師さんが3本の梅の木全部を大きく剪定してくれ、姿形が整ったものの、それ以来、梅の実の生りようがガクンと悪くなった。その頃おふくろは高齢で梅干作りも大変になっていたから、ちょうどよかった。できれば、全然生らない方がいい。
 ところで、それ以前の冬剪定となると、記憶に定かでない。おふくろが自分でやっていたのか、庭師さんに軽く剪定してもらっていたのか、はたまた自分がおふくろに指示されてやったのか、全然しなかったのか、はっきりしない。
 プロの庭師さんが大きく剪定してくれた年の翌年からは、アマの庭師、従兄弟に庭全体の樹木の剪定を11月にお願いし、梅の木の剪定もお願いした。
 さて、その後の梅の実の生りようはというと、2013、4年は、大きい木を中心にどでかい梅の実が約5kgほど収穫できてしまった。これは女房が梅酒づくりに使った。
 従兄弟に庭全体の樹木の剪定をしてもらうようになって2、3年したところで、不要な樹木の伐採を毎年お願いするようになったから、梅の木の剪定までは手が回らなくなり、また2015年8月におふくろが他界したのだが、その翌年から女房が生った梅で梅干しづくりをするというので、梅の実が生らないような剪定をする必要もなくなった。
 よって、自分で「適当に冬剪定」をすることにしたのだが、これまた記憶がはっきりしない。まさか従兄弟が11月にやってくれていることはなかろうが、自分では何もしていないと思うのである。日誌(このブログ)を読み返してみても何も書いてないからだ。
 うちではやはり冒頭でも書いたように、コゴメの発生により夏剪定が主体であり、コゴメが湧こうが湧かまいが、5月下旬なり6月にバッサバサと剪定して風通しを良くしている。剪定はきっとこのときの1回だけであろう。
(参照)→「梅の木の夏剪定とコゴメ・イラの消毒

<2018年>
(12月17日)
 今日は全く暇で、柿の木の剪定でもしようかと思ったのだが、そのとき“梅の木の冬剪定をしたことはあったっけ?”… “やったような記憶が少しはあるが、少なくとも去年はやった記憶はない。”…と、あれこれ記憶をたどったところ、おぼろげながら以上のような状態である。
 さて、今年はどうするか。梅の木を眺めるに、やはり冬剪定は不要の感がする。6月3日の夏剪定でもって、事は足りているのではなかろうか。
(12月25日)
 今日、柿の木の剪定を行なったのだが、もう一度梅の木を眺めるに、梅の実がそうたくさん生っても困るから、姿形がよくなるよう、上方に長く伸びた枝や横へ大きく伸びた枝は全部切り取った。といっても大した量ではないが。
 
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12.15 休耕田で野焼きを決行 [ファーマーの“一日一楽”日記]

別立てブログ「薬屋のおやじの“一日一楽”&“2日前”の日記」で投稿した記事で、ファーマーに関するものは、このブログで再掲することにします。

 野焼きはだんだん難しくなってきた。20年ほど前に廃棄物処理法が改正になって原則禁止となった。そんな頃から親父に代わって小生が野焼きするようになったのだが、煙に何ら害はないことを知っていたから、風の弱い日に、横着にも風向きを無視して野焼きを年に何度も行っていたものだから、苦情が来たり、何度か通報されもした。
 特に、近年になって住宅や中古車販売会社が近くにできたから、主に行っている自宅前の休耕田での野焼きは、風向きに随分と気をつけねばならなくなった。
 そうしたことから、いつまで野焼きができるか分からないが、去年から必要最小限の野焼きとすることにした。
 さて、今年。野焼きの量、回数とも極力減らそうと思っていたが、夏前に東庭の樹木を切ったり、サツキを引き抜いたりして休耕田に積んでおいたし、その後、庭師に剪定してもらった剪定ごみや切り倒してもらった木の枝がうず高く積み上げられてしまった。
 積み上げた周りに剪定された木の葉っぱがけっこうあったので、これは燃やさずに、今日、一輪車で3回運んで果樹周りにばらまいた。
 この間、風向きを観察していたら、北風であり、ちょうどいい。煙は隣の公園からお寺へ行くから、通報されることもないし、近所に迷惑にはならない。
 11~12日にけっこう雨が降ったので、少々湿り気があるが、十分に燃えよう。周りに散らばった枝などを山に乗せ、着火。時刻は11時半。
 ゴウゴウと燃え上がったが、湿り気があるから、やはり煙がすごい。ものすごい勢いでもうもうと煙が立ち上がる。3分ほどで火勢が弱まり、煙も少なくなった。やれやれ、これで目立たなくなったわい。
 ところが、着火後、5分ほどしたらパトカーが来た。これは、通報ではなく、警ら中に立ち上る煙を見たからであろう。若いお巡りさんが道端に立って、“遠くからでもすごい煙でしたよ。”と言う。“いやあ、申し訳ありません。一気に大量に燃やしたものですから。”と言い訳。すると、“何とかなりませんか。”と消火してほしい口ぶり。“ちょっとなんとも。火の勢いが弱まりましたので、後は、傍に着いていて、燃やし尽くしますので。”と返事。お巡りさんは弱った顔をしながら、パトカーに戻られた。
 とんだハプニング。まあ、通報されたのではないから助かった。
 燃えるにしたがって灰を中央へ寄せたり、転がり落ちた枝を上に乗せたり、のんびりと焚火。時折ちょっと強い北風が吹くが、火の粉が飛ぶほどではない。
 お隣の老主人が焚火にあたりに来て世間話したり、そのひ孫が来て、かき混ぜ棒で火遊びさせたりして、火の守りをする。
 この調子なら、須賀前の畑に積んである柳の枝も燃やせよう。そこで、軽トラで運んできて山に乗せる。多少煙は出るが、けっこう簡単に燃やせた。まだ、ある。庭のソテツの枯葉が放置してあったし、ついでにもう少し切って、それも山に乗せる。
 こうして、あれこれ燃やしきる。時刻は午後2時半。3時間かけて概ね終了。
 ところで、完全燃焼するには少なくとも明後日までかかろう。明日の晩から雨の予報だから、明日の午後には可能なだけ草木灰を回収しよう。熱い灰だから金属製の入れ物がいるが、ちょうどいいものがない。弱ったことになったが、明日、何とか考えよう。
 というようなことで、ここのところ、いつ燃やせそうかな、いつ燃やせそうかな、と条件の良い日を探っていたのだが、案外早く燃やせる日が訪れ、ホッとしたところです。
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正月飾り〝結び柳〟(掛け柳)にするための柳の木の枝落とし [草花一般]

 須賀前の畑の真ん中辺りの南端にある大きな柳の木。毎年12月に小生が全部の枝を切り落とし、おふくろとその友人が正月の飾りにしていた。なお、毎年全部の枝を切り落とすと、翌年に細長い枝がたくさん伸びて、飾り物に適するものが多く得られるようである。
 亡きおふくろがうちの床の間に飾っていたのは、枝が2mぐらいの極細のもので、次の画像のような形だった。
https://ord.yahoo.co.jp/o/image/RV=1/RE=1544583176/RH=b3JkLnlhaG9vLmNvLmpw/RB=/RU=aHR0cHM6Ly9ibG9nLTAwMS53ZXN0LmVkZ2Uuc3RvcmFnZS15YWhvby5qcC9yZXMvYmxvZy0yNy1mMy9taXdhaGE0MjUvZm9sZGVyLzExOTkwMzYvMTQvMzU3NzY3MTQvaW1nXzE_MTI5NTE1ODMyNA--/RS=%5EADB5CzVAmMrdim87fWJ2cdiiRpM_XE-;_ylt=A2RCKweHJg9cwWIA7BKU3uV7;_ylu=X3oDMTAyN3Vldmc1BDAD?r=14&fst=1
 他にもいろいろあるようで、正月や初釜の床飾りの内に〝結び柳〟(掛け柳)というのがあり、これは随分と長い細枝が必要になる。次のサイトに写真が載っている。
 http://www.geocities.jp/sanmoku0359/sukiya-tyanoyudougu004
 でも、年が経つにしたがって、段々ともらい手が少なくなって随分と余るようになり、今では大阪の妹に送るだけとなってしまった。
 柳は丸裸にしても春に芽吹き、6月頃から茂り始めて7月には大きな影を作ってしまう。被害を受けるのはヤーコンとグラジオラス。グラジオラスはその頃には開花が済んでおり、まず大丈夫だが、ヤーコンは秋に大きく生長するから、どうしても影になった部分の収穫量が落ちるようだ。
 よって、夏頃には不用な太い枝の枝落としをせねばならないのだが、寄る年波には勝てず、2017年からは放置したままにし、12月に全部の枝払いをすることにしている。これがけっこう重労働になるし、木に登ってせねばならず、段々危なっかしくもなってきた。いずれは伐採するしかなかろうが、幹の直径が30cmほどあり、そのときには庭師さんに頼むしかない。

<2018年>
(12月10日)
 昨年と同様に枝の垂れ下がりが随分と少ない。夏に枝落しをしたような状態だ。ここ2、3年、畑起こしするときに根っこが邪魔になり、ツルハシでだいぶ切ったから、以前のような元気さがなくなったのかもしれない。
 今日、枝という枝、全部を切って、丸裸にする。正月飾り用に適した細長いものが今年も少ない。良さそうなもの20本ほど残し、あとはヤーコン畑に積み置いた。
 残したものは、後日、自宅前の休耕田へ運び、一緒に野焼きすることにしよう。
 良品の正月飾り用は、本日、野菜と一緒に大阪の妹に送った。

<2017年>
(12月24日)
 枝の垂れ下がりが随分と少ない。夏に枝落しをしたような状態だ。
 今日、全部切って、丸裸にする。正月飾り用に適した細長いものが少ない。良さそうなもの10数本を残し、あとは細いものをヤーコン畑で堆肥化させ、少々太いものは自宅前の休耕田で後日(1年後となろうが)野焼きすることにしよう。
 正月飾り用は、もううちでは使わず、大阪の妹に送るだけなのだが、これもけっこう面倒になってきた。来年は止めにするか。

<2016年>
(9月4日)
 やっと手が空いたので、今日、正月飾り用に必要な分を残して、大幅に枝落とし。これで冬野菜やヤーコンの日当たりがよくなった。
(12月5日)
 全部の枝を払い、丸坊主に。
 細くて長い枝、10本ほどは、脇枝を手でしごき取り、丸めて、雨水桶に漬けておいた。後日、大阪の妹へ渡す予定。

<2015年>
(10月1日)
 例年、野菜が日陰になってしまうから夏にどれだけか枝落としするのだが、今年は面倒だからしなかった。
 遅れたが、今日、正月飾り用に必要な分を残して、大幅に枝落とし。これで冬野菜やヤーコンの日当たりがよくなった。
(12月17日)
 今日、大阪の妹の旦那が立ち寄ってくれると連絡があったから正月飾り用に残してあった枝を全部落とし、軽く脇枝を切り、丸めて渡すことに。

<2014年>
 今年の夏は、左腕の筋肉痛(肉離れ)が続いており、取り止めることにし、12月に丸坊主にして良さそうな枝を飾り物に使うこととする。
 12月21日、例年より1週間ほど遅れて、今日、須賀前の畑の一角にそびえ立っている柳の木の枝落としを行った。
 1週間前にやっておれば、大阪の妹の旦那が立ち寄ってくれたから持って行ってもらえたものを。

<2013年>
 ヤーコンの生長に支障がないよう、一昨年の夏から柳の木の枝落としをすることにした。そのときは7月で毛虫に少々やられた。昨夏はそれに躊躇して8月11日に行い、今年はなかなか実行する機会がなくて、やっと本日9月26日に行うことができた。
 昨年までは木に登るのに脚立がないと大変だったが、昨年末に幹の下の方に足掛けになるよう切込みを作っておいた。その後、傷口に膨らみが出てきていたので、今日それを切り取り、足のつま先ががかかりやすいようにする。そして、木に登る。
 昨年もいなかったが今年も毛虫はいない。助かる。
 上に伸びた枝を中心にバッサバサとノコギリで切り落とす。全体の4分の3程度を切り落とした。少々切り過ぎたか?
 でも、これで随分と日当たりが良くなり、スッキリした。
 12月15日、須賀前の畑の一角にそびえ立っている柳の木の枝落としを行い、丸裸にした。
 こうしても、毎年、うっそうと枝を伸ばして葉が茂るのであるから、柳の生命力は凄まじい。
 毎年、あまりにも茂りすぎるので、夏には日陰が広くできてしまい、野菜などの生長の妨げになるから、一昨年からは、枝の3分の2程度を夏に枝落ししている。
 そして、一昨年は、枝を収穫した後で、何本かに幹別れした中ぐらいの太さの幹を2本、何とかノコギリで切り落とした。これで、日照が少し良くなったが、今年も、中ぐらいの太さの幹を1本、何とかノコギリで切り落とした。
 もうこれ以上はノコギリでは無理だ。将来的には、チェーン・ソウを借りてきて根元から切り倒すことになろう。

<2012年8月>
 柳の木の枝落としをした後、隣の住宅との境にある「ホウの木」その他3本の花木の剪定、と言うより伐採に近い切り方をしたり、隣の住宅内の角にあって全く剪定されない樹木で邪魔になる枝を勝手に適当に切り落としたりした。
 ところで、「ホウの木の葉=ホウ葉」は、とても大きいから、生の葉で寿司を包んで「ホウ葉寿司」にしたり、乾燥させた葉に味噌と野菜を乗せ、葉を皿代わりにして炭火で焼いて「ホウ葉味噌」にしたりと何かと重宝され、これは岐阜県の山間部、特に飛騨地方で今日でも盛んに使われているものである。だが、ここにある木は日陰であるからアブラムシが付いたりして何ともならず、一度も使ったことがない。→ホウの木は2015年に伐採
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12.8 お客様に喜んでいただける、うちの畑で栽培した山芋 [ファーマーの“一日一楽”日記]

別立てブログ「薬屋のおやじの“一日一楽”&“2日前”の日記」で投稿した記事で、ファーマーに関するものは、このブログで再掲することにします。

 2012年の秋、富士五湖へ行った折、たまたま忍野八海で河口湖産の丸芋を売っており、これを買ってきてトロロにしたら、けっこう天然の山芋に近い味であり、ゴツゴツしていない芋であるから調理もしやすかった。よって、種芋として一部を残し、2013年に作付けに挑戦。
 河口湖産となると、標高900メートルであるから夏は涼しかろう。よって、丸1日中陽が当る場所を避け、畑の隅っこなど3か所に分けて、切り分けた種芋を2、3個ずつ埋めておいた。そしたら、2か所で1株ずつ芽吹き、形は長いイチョウ芋に変形していたが100gと200gの芋が収穫でき、味はまずまず良好であった。
 よって、これを毎年畑で栽培することにしたのだが、猛暑にさらされる当地であり、また土壌もまるで違うゆえ、軌道に乗るまで3、4年を要した。加えて、栽培を進めるにしたがって、丸芋が長いイチョウ芋さらには太短い芋に変形してきた。
 驚くべき環境適応変化である。今年、これはどういう芋かとネット検索したら、どうやら富士河口湖町の大石地区で作られている「大石芋」らしい。気候や土質で芋の形が変わる、と書かれていたから、たぶんこれで間違いなかろう。
 この山芋、今年から規模を倍増し、2畝を11月に収穫。まだまだ栽培法が十分にはマスターできておらず、目標の半分しか収量はなかったが、当店のお客様にも何人かに差し上げることができる。
 12月月初めからのセールでは他に差し上げるものがあったから、山芋はけちって10名弱にしか差し上げなかったのだが、皆さん、長芋はトロロにしてけっこう食べておられ、山芋と聞くと、これはきっとおいしいに違いないと喜んでくださった。味のほどは保証付きの、うちで栽培した「大石芋もどき」、在庫がだいぶ減ってきた。来年は、収量が倍増して目標達成できるよう、がんばろう。
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11.30 もう18年経ったエンジン新品同様の軽トラ [ファーマーの“一日一楽”日記]

別立てブログ「薬屋のおやじの“一日一楽”&“2日前”の日記」で投稿した記事で、ファーマーに関するものは、このブログで再掲することにします。

 軽トラを車検に出し、それが帰ってきた。車内は泥だらけであったが、自動車屋さんにきれいに掃除してもらえていた。新車みたいだ。
 さて、車の様子だが、2箇所にそろそろガタが来ていて、次回の車検時には部品の取り換えを要するようだ。
 “何年経ってるんだ?” 請求書の上の方に車名と購入年月日が記載されている。“12年に買ったんか。まだ6年…?”
 自動車屋さんが言う。“いやいや、平成だから18年経ってるよ”
 いやーあ、恐れ入った。もう18年も走っているんだ。
 でも、エンジンは新車と変わらんだろう。なんせガソリンは満タンにすると2年は持つ。片道400mの畑への往復を月に数回行うだけのことだから。ことがある
 あまりに走行距離が少ないから、ガソリンにカビが生えないかと心配にもなる。給油は10リッターにしたこともあるが、自動車屋さんが言うには、満タンにした方がなにやらトラブルが少なくなるとかなんとか、難しい説明をしてくれたことがある。それ以来、ガソリンが空に近づいたら満タンに給油しているが、オイル交換は年に1回定期的に行っている。
 この軽トラ、重宝させてもらっている。百姓仕事にもってこいであり、また、大型ごみを運搬するには、これしかない。そして、部落の役員をやっているとき、諸々の行事でかさばるものを運ぶのにも便利だ。
 ところで、農業をやっておられる方でも田畑が少ない人は軽トラを持っていないところがけっこう多い。時々なんやかやで貸すことも度々だ。なんで皆、買わないんだろう?と思うも、うちだって親父が死んでから買っただけであり、なくても何とか済んでしまう軽トラだ。
 さて、2年後には20年選手となる我が軽トラ。2箇所の部品を取り換えて、もう20年動いてもらいたいものだ。そのとき小生は92歳。運転できるギリギリの年齢となる。
 もっとも、今、自動車業界では自動運転技術の発達が目覚ましく、20年先には、車に乗り込めば、行き先をAIに告げるだけで、何もせず目的地に着いてしまうだろう。
 これではなんとも味気ない。車はやはり自分でハンドルを操作し、アクセルを踏んだり、ブレーキを踏んだりしたいものだ。軽トラ君、あと20年頑張ってくれないかなあ。
 
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