SSブログ

10.14 ピーマンの葉ほどうまいものはない。これを食せるのは百姓だけ! [ファーマーの“一日一楽”日記]

別立てブログ「薬屋のおやじの“一日一楽”&“2日前”の日記」で投稿した記事で、ファーマーに関するものは、このブログで再掲することにします。

<一日一楽日記>(落ち込みから脱却・幸せ膨らむ ※1
 最後にピーマンの葉っぱを食したのは、日記によると12年前のようである。大豊作なり台風の強風で枝折れしたときに、折れた枝を集めてきて葉っぱをむしり取って、炒め物にして食すのである。なお、収穫終了後にそうすることもあるが、その場合は葉っぱは黄色くなりかけていて、味が落ちる感がする。いずれにしても、青々とした葉っぱが良い。
 しかし、ピーマンの葉は小さいから、これをむしり取るのは手間がかかる。加えて、ここずっと栽培本数を少なくしてきているから、生った実を収穫するのが優先され、終盤には葉が黄色くなりかける。さらに、ここ5年は無肥料連作栽培で、とんと生育が悪く、葉っぱの収穫は不可能。
 ところが、今年は無肥料連作栽培をあきらめ、まったく別な畝で微肥料栽培したところ、10株中7株はまあまあの生育となった。その畝は、オクラ、白ナスとの混植畝で、今年はオクラがまるでダメで、オクラは早々に大半が枯れ、その跡に遅植えのキャベツを定植した。そのキャベツはピーマンの陰となり、日当たりが悪く、生育に支障がありそう。
 そこで、ピーマンの枝選りをするしかないと、終盤になろうとするピーマンだから、実が少ししかついていない枝を切り取ることにした。そして、その枝の葉っぱをむしり取れば、久しぶりにピーマンの葉の炒め物が食べられるというもの。
 さて、葉むしりだが、先ほど言ったようにこれは手間がかかる。今日は店の営業日だが、今晩から雨模様だから、急遽午前中百姓仕事をするなかで枝選りしたから、作業終了後、枝ごと店に持って帰り、葉むしりすることにした。
 そうしたら、葉むしりは女房がやってくれた。ラッキー!
 そして、今晩、ピーマンの葉の炒め物を早速賞味できた。実にうまい。
 けっして市場には出回らないピーマンの葉。これを食すことができるのは百姓だけ。ところが、戦時中、田舎に疎開していた人たちはけっこう皆さん、これを食した経験があるようだ。やっぱ、田舎はいいもんである。

※1 2012.9.2別立てブログ記事で書きましたが、毎日何か楽しい出来事が少なくとも1つはあったはずであり、それを書き綴っていけば落ち込みから脱却できるとのことで、小生も“一日一楽”日記を付け始めました。
 また、もう一つの別立てブログの2015.3.3の記事で紹介しました、ひすいこたろう著「ものの見方検定」に書かれている「小さな幸せに気づくレッスン」で次のように述べられています。
 「わたしは今日幸せでした。なぜならば…」、これの続きを3つ考えてから寝てください。寝る前に幸せを味わって眠ると、不思議と、朝起きたときの表情が違うんです。これも続けるとよくわかるのでぜひお試しくださいね。
 小生も早速これを始め、うち1つを記事にしたところです。
コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。